「婚活」を本でひもとく パートナーに求めるものは?(作家・探検家 角幡唯介)

「婚活」を本でひもとく パートナーに求めるものは?(作家・探検家 角幡唯介)

 一年ほど前、私は、冒険と結婚には共通する構造があるにちがいないとの最終認識に達した。

 登山家にとって登りたい山とは、単に客観的に存在する山ではなく、それまでの登山経験の末に、ああ次はあの山に登りたい、とおのずと心に対象として浮かびあがる山である。それゆえ登山家は山から逃れられない。結婚も同じで、交際開始直後に意識していなくとも、相手との関係の中で次第に結婚へといたる状況が胎動し、気づかぬうちに成長してゆき、最後は逃れられない波として立ちあがる。だから結婚を決めたとき、その結婚はすでに決まっている。

 冒険が危険なのと同様、結婚もリスクそのもの。というか変な相手と結婚すると一生を棒にふるのだから、考えようによっては冒険以上に狂気の沙汰である。だから合理的に判断したら結婚など怖くてできるわけがないのだが、それでも多くの人が結婚するのは、結婚が自分の意志や意図を超越した、制御不能な、おのれの生の足跡から隆起する「事態」だからだろう。

 結婚とは選択ではなく事態である。調子にのってそんな話を方々で執筆、講演していると、近年出版界を賑(にぎ)わせる婚活本についてひと言論じてくれないかと妙な依頼がきて、困惑した。

生活向上の手段

 何しろ男女の出会いに関する本で読んだのは木田元『偶然性と運命』(岩波新書・858円)ぐらい。そこで、ひとまず佐藤信『日本婚活思想史序説』を開いてみたのだが、これがまた目玉が飛び出る内容で、驚愕(きょうがく)した。とにかく婚活者たちは幸せになりたい、今より生活をグレードアップさせたいと希(こいねが)い、その手段として結婚を考えている。あの人と結婚したほうが有利、との損得勘定で動いているわけで、世間一般では結婚とは事態ではなく選択なのだ。

 幸せになりたいという婚活者たちのパワーは怨念にも思えて少々疲れたが、それにしても、なぜ結婚と幸せが結びつくのか、どうしてこんな倒錯が生じるのか、それが不可解だ。

 結婚は赤の他人との共同生活が基本、である以上、先行き不透明で未来は奈落の闇につづいているともいえる。「婚活」という言葉を世に送り出した山田昌弘も近刊『結婚不要社会』で「結婚は、幸福を保証しない」と明言しているのである。

 そもそも人はなぜ結婚したがるのか。山田によると近代社会の特徴は「いつでも自分を承認してくれる親しい相手というのが家族以外になくなる」こと。伝統社会が崩壊し、真に深い関係を結べる人が家族だけになったことが、結婚への期待が異様に高まった遠因らしい。

 たしかに私も結婚して奇妙な安心感をもつようになったので、この話は非常によくわかる。たとえば、もし書くことがなくなり生活が困窮してホームレスになったとしても、一人なら辛(つら)いだろうが、二人なら、なんかそれも楽しそうだ。妻には悪いが、私は結婚したことで地獄への道連れができた気がするのだ(残念なことに向こうにはその気はないみたいだが)。

 困窮した生活の先にあるのは死である。そう考えると結婚の真の姿とは、死を見据えたときに露(あら)わになる人間の赤裸々な存在性にあるのかもしれない。

孤独と死を前に

 その意味で篠藤ゆり『ルポ シニア婚活』は心に染みた。人生の辛酸をなめつくした果てに孤独になった高齢者が、最後に欲するのは心休まるパートナーだ。一緒に死ぬ人が欲しい。そう思ったとき、そこには、最低年収七百万円的な条件設定も世間体も虚飾も、すべて無意味になった、美しいほど純粋な結婚がある。人が人と出会い一緒になる。それだけ。これこそ究極の婚活であり、人が結婚を追い求める根源なのではあるまいか。=朝日新聞2019年11月16日掲載


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