「原子力の人類学」書評 世界の構造をエセーの文体で

「原子力の人類学」書評 世界の構造をエセーの文体で

原子力の人類学 フクシマ、ラ・アーグ、セラフィールド [著]内山田康

 筆者は社会人類学者である。がしかし、本書は単純には学問と言えない文体で語られる。エセーと呼ぶのが最も適当であろうが、それは起源にモンテーニュを仰ぐ「随筆」の形式だ。
 テーマは一貫して原子力である。筆者はその力の及び方を知るために仏ラ・アーグ、英国セラフィールド、米国ニューメキシコ、福島の浜通りを旅してゆく。
 日本の原子力産業がどの国のモデルを利用しているか、特にまったく同じ手法で土地が奪われ、権力によって馴致されるようになるかの事実には背筋が凍る。
我々は愚かなほどの物真似によって支配されてきたのに過ぎない。反省の契機もない終末的状況だ。
 筆者はそうした世界の構造をあくまで随筆のように書く。資本の動き、暴力の魔、個の欲望、そのうぬぼれと弱さといった複層的なありようを描き出すには、小説に近いエセーの文体が必要とされるのだろう。
 つまり随筆とは世界把握の方法なのだとわかる。


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