団体客のために湯守が用意したのは、餅の会席料理だった。十字の仕切りがある漆塗りの弁当箱に、小鉢に入った一口サイズの餅料理が収まっており、しかも二段になっている。(中略)重箱の中にはほかにもあんこ餅や納豆餅、ゴマ餅やしょうが餅、くるみ餅にエビ餅が勢ぞろいしていた。(中略)エビ餅で使うエビは、居酒屋でから揚げにされて出てくるようなサイズの小ぶりな沼エビだ。それを茹でるか、カリカリになるまでから煎りして、出汁(だし)醤油で味つけしたものを餅にからめて食べる。もっともこの地方の特色が出た料理だ。(『まほろば温泉繁盛記』より)

 今年最初の「食いしんぼん」は、ご当地味巡り@岩手県でスタートです! ところで皆さん、お正月はいくつお餅を食べましたか? 私はお餅が大好きなので、1年中でも食べたいくらい(苦笑)。そんな私と同じ「お餅Lover」な人々がいらっしゃるというのが岩手県一関市。この地域では、古くから冠婚葬祭や農作業の節目、季節の行事などでお餅をついてふるまう「餅文化」があり、その食べ方は何と200種類以上もあるのだとか!(う、羨ましい……)今回ご紹介する作品には、地元の人々が慣れ親しんでいるお餅料理が登場します。

 仕事を辞め、親友の元へ身を寄せるために岩手県盛岡市行きの電車に乗ったあさひ。ところが、到着したのは「まほろば温泉駅」という不思議な場所でした。そこは命を落とした人々が、現世の心残りを洗い流すために「山の姫神」が開いたという温泉郷。思い残しを抱えた人々を癒すのが、温かい温泉と、管理人の湯守が作る「最後のごはん」なのです。

 宮城県出身で、10代後半からの約10年を岩手県で過ごした著者の藍沢羽衣さん。本作に登場する料理は、藍沢さんがこれまでに食べたことのあるものや、作り方がわかるものを中心に書いたそう。郷土料理やお正月の思い出などをうかがいました。

お話を聞いた⼈藍沢羽衣(あいざわ・うえ)

宮城県出身。2016年に『銀色☆フェアリーテイル 1 あたしだけが知らない街』(小学館)でデビュー。主な著書に『疫病神のキセキ・サポート』、『迷い家の管理人』(いずれもポプラ社)、『1話3分 こわい家、あります。くらやみくんのブラックリスト』(小学館)など。思い出のお正月料理は、子供の頃に両親が庭先でついたお餅で作ったあんこ餅やお雑煮。

——藍沢さんが岩手県で暮らしていた当時の食の思い出を教えてください。また、本作の主人公・あさひの思い出の料理「ひっつみ」(岩手県の郷土料理)を初めて食べた時のことは覚えていますか?

 私の生まれ育った宮城県の北部地域にも「ひっつみ」とほぼ同じ料理があり「はっと」と呼ばれていました。どちらも練った小麦粉を手で薄く伸ばし、子どもの手のひらくらいの大きさにちぎって、汁の中に落として煮込んだ料理で、モチモチとした食感があります。具は薄切りにした大根や人参、しいたけ、鶏肉などで、澄んだしょうゆベースの汁が多いようです。

 私は小学生くらいの頃から晩ご飯の準備の手伝いに駆り出されていたので、小麦粉を練ったり、野菜を切ったりしていた記憶があります。中学生くらいになると、一人でも「はっと」を作れるようになっていましたね。その後、進学して岩手の盛岡市に引っ越し、一人暮らしをするようになってから初めて「ひっつみ」をお店で食べたのですが、宮城とほぼ同じ味だったので、おなかも心もホッと温まった思い出があります。

——「まほろば温泉」で湯守が振る舞う「お客の心の中に一番強く残っている料理」ですが、藍沢さんがこれまでに一番印象に残っているお料理は何でしょうか?

 もう20年以上も前のことになりますが、当時付き合っていた彼に初めて作ってあげた料理と、彼がお返しに作ってくれた料理です。私が作ったのはミートボール入りのカレー(甘口)でした。「美味しい美味しい」と残さず食べてもらえて、すごく嬉しかったことを覚えています。後で知ったのですが、実は彼は大の辛党だったんですけどね(笑)。彼が作ってくれたのは、ごろごろ大きなジャガイモとチキンが入って、とろけるチーズをのせたトマトシチューでした。私の実家は和食が中心で、シチューといえば市販のルウを使ったクリームシチューしか知らなかったので「トマトのシチュー!オシャレ!」と、やたらにテンションが上がったことを覚えています(笑)。このトマトシチューはすっかり我が家の冬の定番になっていて、今でも彼(今のご主人♡)がよく作ってくれます。

——藍沢さんは子供の頃、どんなお正月を過ごしていましたか?

 元旦は大抵家でゆっくり過ごして、二、三日になると岩手県に住む親戚の家に親族みんなが集まって、餅料理を楽しんでいました。この時の思い出が本作の「餅会席」のヒントになっています。小鉢に入れられた一口サイズの餅が人数分用意されるのですが、作中のように色々な味付けをしたお餅があって、バラエティ豊かでした。特に、しょうがの絞り汁としょうゆでやや辛口の味付けをしたタレに、片栗粉でとろみをつけて薄切りのしいたけを入れた「しょうが餅」は、実家ではあまり作らなかったので、ここで食べるのが楽しみだったことを覚えています。

 今でも岩手県南部の一関市の辺りには、こうした様々な餅料理を楽しめるお店もたくさんあるようですので、もし本作に出てくる「餅会席」がどんな味なのか気になった方は、ぜひ岩手を旅してみてくださいね。

——町内会の温泉旅行中、バスの事故にあった一行が「まほろば温泉」にやってきます。その人たちの「最後のごはん」が「餅会席」です。作中では、ずんだ餅のほかに珍しいエビ餅まで、色々な種類のお餅が入っていますよね。見た目にも楽しくて、どれから食べようかワクワクしますが、藍沢さんはどのお餅が一番お好きですか?

 どれも大好きで甲乙つけがたいのですが、しいて一番を上げるとするとお雑煮です。私の出身地のお雑煮には「おしきな」(あるいは「おひきな(お引き菜)」)が欠かせません。「おしきな」とは、千切りにした大根と人参を茹でて水気を絞ったものです。三が日の間日持ちさせるため、外の冷気にさらす地方もあるみたいですが、我が家では絞った後はザルにあげて台所の隅の寒いところに置いて保存していましたね。食べる分だけそこから取って鍋に移して、水でもどした凍り豆腐の千切りと一口大に切った鶏肉、三つ葉に薄切りのナルトを合わせ、鶏ガラベースのしょうゆ味のおつゆでいただくのが我が家のお雑煮でした。私はこの「おしきな」が特に好きで、よくおかわりをしていましたね。

——「人生の最後に食べるもの・食べたいもの」について、どうお考えになりますか?

 もし「これが最後の食事になる」と分かったら、多くの人は舌になじんだものを食べたいと思うのでしょうか。それとも、人生で一度も食べることのできなかった憧れの味を願うのでしょうか。本作を書きながらそんなことを考えていたのですが、最終的に私が選択したのは前者でした。本作に登場する人々は皆、生前に食べ慣れた料理を心ゆくまで味わい、湯で心と体をほぐして、新たな世界へと旅立っていきます。もし私が「まほろば温泉」を訪れたとしたら、我が家のトマトシチューが食べたいですね。スプーンでもほぐれるほどやわらかく煮えた鶏肉と、煮溶けかけたじゃがいもの上からチーズをたっぷりかけて、あつあつのところをいただきたいです。

——藍沢さんが本作を通して「あの世に行く前の、最後に食べるお料理」に込めた思いをお聞かせください。

 食べることは、生きることそのものでもあると思っています。辛い時や寂しい時でも、食べ慣れた料理、特に温かいものを食べると元気が出てきますよね。気心の知れた人に話を聞いてもらいながら食べたら、さらに元気になれるんじゃないでしょうか。本作を読んだ方が「今日はゆっくり自炊して、温かいごはんを食べようかな」「これからは毎食、大切に食べていきたいな」などと思ってくださったら、とても嬉しいです。