ココアさんはいつもの席に移り、少しの間、窓の外を眺めていた。そしてココアを一杯飲み終わったあと、珍しくお代わりをしてくれた。二杯目のココアを運んでいくと、彼女はいつものようにエアメールを書き始めていた。テーブルにカップを置こうとした瞬間、突然「あの」と声をかけられた。びくっとして手元が狂う。揺さぶられたカップからココアが数滴、便箋に飛び散った。(中略)「見て、ココアのハート!」(『木曜日にはココアを』より)

 2月と言えばバレンタインデー! 今回は、一杯のココアから始まる、甘くてほろ苦い恋の物語をご紹介します。
 「マーブル・カフェ」で働く「僕」は、必ず木曜日に来店して、同じ席でエアメールを書き、ココアを注文する女性をひそかに「ココアさん」と名づけ、恋心を抱きます。ある日、「僕」はいつものように手紙を書かない「ココアさん」が涙をこぼしたところを目撃し、ある行動に出ます。他にもこのカフェには、初めて息子のお弁当を作ることになったキャリアウーマンや、厳しいお局先生のいる幼稚園で働く新米先生など、来店したお客さんたちの物語が重なって、最後は「ココアさん」の意外な告白で結ばれる、心温まる物語です。著者の青山美智子さんに、ココアやバレンタインの思い出などをうかがいました。

お話を聞いた⼈青山美智子(あおやま・みちこ)

1970年生まれ。愛知県出身。横浜市在住。大学卒業後、シドニーの日系新聞社で記者として勤務した後、雑誌編集者を経て執筆活動に入る。主な著書に『鎌倉うずまき案内所』『猫のお告げは樹の下で』(いずれも宝島社)、『小説 あなたのことはそれほど』(祥伝社)がある。
公式

ココアは「たのもしいクマさん」みたい

——本作で重要な存在となっている「ココア」ですが、その魅力や印象を教えてください。

 一見ふんわりしているようで、実はしっかり存在感のあるイメージです。チョコレートもそうなんですけど、ココアって元々はすごく苦くて、いろんな手が加わって甘くなりますよね。そこに奥深さを感じます。栄養価が高くて腹持ちがいいし、こっそり底知れぬ実力を持っているというか。ココアに優しさを見るとしたら「たのもしいクマさん」みたいな、「安心できる信頼感」という印象です。

——青山さんがココアを飲みたくなるのは、どんな時ですか?

 外を歩き回った時や、体をたくさん動かした後ですね。エネルギーチャージになります。
 どちらかというと、ココアは始まりではなく、一仕事終えた後の飲み物のような気がします。スイッチをオンにしたい時にはコーヒーやミントティーを飲むことが多いのですが、オフにしてくれるのがココアかもしれません。

——青山さんにとって、カフェや喫茶店はどんな場所でしょうか。また「マーブル・カフェ」のモデルになったお店はありますか?

 日常の中にある非日常空間でしょうか。同じ「ぼーっとする」のでも、家とカフェだと時間の濃さや回り方が違う気がします。家とは違う発想が生まれることもあるし、読書や手紙を書くのも、カフェだとちょっと異次元的な空間で行っているような感覚がありますね。
 マーブル・カフェについては、モデルというと言いすぎかもしれませんが、参考にしたカフェはあります。この小説は元々WEBで連載していたもので、その時は完全に架空のカフェでお店の名前もついていなかったんです。書籍化することになった時、自宅のすぐ近くに新しくカフェができて、そこで原稿整理をしていたら「あ、このカフェのインテリアや雰囲気、すごくいいな」と思って作品に取り入れました。その後も、よくそのカフェで原稿を書いています。

——喫茶店やカフェでよく頼む飲み物を教えてください。

 あたたかいお茶です。私は冷たいドリンクが苦手で、真夏でもあたたかいものを選びます。カフェには長居することが多いので、ポットのお茶があればだいたいそれですね。それと、カフェではないのですが、私、飲茶が大好きで、ポットに入ったお茶を飲み終わったときに蓋をずらしておくと、店員さんがお湯を足してくれるあのシステム。すごく幸せです(笑)。

——作中では、「僕」と「ココアさん」をつなぐきっかけになったココアですが、何かキャッチコピーをつけるなら、どんなものでしょう?

 「甘やかすふりして、強くする」です。前述したように、ココアってただ甘いんじゃなくて、実は苦くて色々な栄養が入っていますよね。しんどい時、誰かに無条件で「よしよし」と頭をなでてもらうのって大事なことだと思うんです。そのうえで、自分で答えを見つけて前に進めるような「たくましさ」を得られたらいいなと思うんです。そういうふうにがんばっている人の姿を書きたくて、それが、ココアが与えてくれるもののイメージに合っていました。

——本作は恋のお話でもありますが、バレンタインデーも近いので、ぜひ青山さんの思い出を聞かせてください!

 高校の時、好きな男の子がいたんですけど、きっと彼は私のことを友達としか思ってないだろうなって、自信がなかったんです。それでバレンタインに、パーティーグッズまがいのふざけたチョコと、ハート形の「いかにも」な本命チョコとの2つを用意していて、どっちをあげようかギリギリまで迷いました。結局、ふざけたほうをあげてしまって。その時の私は、安全圏の友達でいつづけることを選んだんですね。本命のハートチョコはそのまましまいこんでいたんですけど、1年ぐらい経って開封してみたら真っ白に粉をふいてて「チョコレートってほうっておくと白くなるんだ!」ってびっくり。そのチョコに対して「せっかく可愛く生まれてきたのにごめんよー」と申し訳なくなって、泣きながら自分で食べました。もう甘くもなくてぱさぱさで、勇気が出せなかった自分が情けなくて。その男の子とは卒業するまでずっと友達でしたが、涙とともに食べた白いチョコレートは忘れられない思い出です。

——わぁ〜! こちらまで胸がキュンとしました。そのエピソードをもとに新作を書いてほしいくらいです(笑)。青山さんがこれまで喫茶店やカフェに行かれた際に、特に印象に残っている出来事を教えてください。

 カフェにいた時に、近くの席に座っていたお客さんが私の小説『猫のお告げは樹の下で』を読んでいるところに遭遇したことがあったんです。「うわーっ」と思って、ドキドキしながらその方の表情やページをめくる姿をチラ見しました(笑)。その方は待ち合わせしていたようで、少ししたらお友達が来たんですけど「ごめんね、この章だけ読ませて! 止まらないの」と区切りがつくところまで読み続けていたんです。名乗り出ることはしなかったですが本当に嬉しくて、心の中で手を合わせて拝みました。