『ジョーカー・ゲーム』などで知られる作家の柳広司さんが2年半ぶりの長編小説『太平洋食堂』(小学館)を出した。明治時代の大逆事件に連座して刑死した医師の大石誠之助(1867〜1911)が主人公だ。埋もれた歴史や現代日本にも通じる国家権力の危うさに光を当てた。

 日露戦争まっただ中の1904年、紀州・新宮に一軒の食堂「太平洋食堂」が開店した。主人は「ドクトル(毒取る)」と地元の人に慕われた大石誠之助。米国留学の経験があり、非戦論や公娼(こうしょう)廃止を唱え、貧しい人を無料で診察するかたわら新聞などに寄稿した。リアリストである誠之助は、幸徳秋水、堺利彦らと交流を深めたことで、「主義者」として国家に監視されるようになる。

 誠之助は国家権力によるでっち上げで死んだ。適用されたのは、当時の刑法にあった大逆罪。柳さんは、2017年施行の「共謀罪」法との類似点を指摘する。「刑法は過去に起きたものに対して適用されるはずなのに、未来形の段階で罪に踏み込むとどうなるのか。エンタメ小説を読んだ副産物として、考えてもらえれば」

 作中、「大逆事件」という言葉は使っていない。事件関係者とラベルを貼ることで、特殊な世界に見えてしまう懸念からだ。誠之助は、目の前の飢えた母子を真っ先に考え、意見し続けた。その姿は哲学者のソクラテスと「似ている」と柳さん。両者とも若者たちに持論を説き、国家の転覆や革命を志していなかったにもかかわらず処刑された。そんな誠之助を「ヒーロー像として提示したかった」と語った。(宮田裕介)=朝日新聞2020年2月12日掲載