遠の眠りの [著]谷崎由依

 西野絵子(えこ)は福井の郊外の村で生まれた。嫡男の弟とちがって自分は好きなだけ本も読ませてもらえない。〈ほんなにせな生きていかれんのか〉〈かあちゃんみたいになるんやったら、生きてても仕方ない〉。そう口にした絵子は家を追い出された。しばらくは親友の家で世話になるも、やがて地場産業の羽二重に代わって興隆しつつあった町の人絹工場の女工になった。
 大正から昭和初期にかけての十数年は、光と陰のコントラストが特に強かった時代である。農村の経済は疲弊し、工場では労働争議が頻発し、その一方で都市では華やかなモダニズム文化が花開き、活字に親しむ女性が激増した。福井という地方都市を舞台に、そんな時代をギュッと凝縮したような小説である。
 女工になった絵子はその後、福井にはじめてできた百貨店に魅了され、食堂の手伝いをしながらとはいえ百貨店に併設された少女歌劇団の「お話係」に採用されるのだ。支配人に君は何ができるのかと問われ〈お話が書けます〉とハッタリをかました結果だった。
 もっとも本書はシンデレラストーリーとは無縁である。イプセンを読む絵子に工場の寮で「青鞜」を貸してくれ、後に労働運動の前線に立つ女工仲間の吉田朝子。羽二重の織り手の修業をしつつ苦しい恋を経験する親友の杉浦まい子。さらに大人の都合から10代で嫁に出された絵子の姉や妹。歌劇団の少女たち。絵子の目は「新しい女」にカウントされなかった身近な女性たちに向けられていく。
 〈女たちという難民。わたしもまい子も、その一部なのだ。わたしたちはべつべつに、それぞれに戦ってきたのだと思った〉。そしてはじまった戦争の時代。朝子はいった。〈この戦争が終わるまで、生き延びて、逃げ切りましょう〉
 性別を偽って少女歌劇団のスターになった少年・清次郎(キヨ)の存在も大きな魅力。朝を信じた夜明け前の人々の物語である。
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たにざき・ゆい 1978年生まれ。作家、近畿大准教授。2019年、『鏡のなかのアジア』で芸術選奨文部科学大臣新人賞。