「手紙」形式の「連作短編ミステリー」だ。作者・井上ひさし氏は、言うまでもなく、日本が誇る劇作家、小説家の一人で、舞台、テレビ、ラジオ、新聞、書籍を問わず幅広いメディアで活躍した人物である。本書奥付によれば単行本刊行は一九七八年、四十年以上前だ。ミステリーファンにとっては「古典」ともいうべき本作が、井上氏没後十年の今年、また売れ行きを伸ばしているという。

 ポイントはおそらく二つ。一つは「手紙」だ。本作では手紙がもつ様々な可能性が極限まで試されている。手紙にはすべてが書かれるわけではない。書き手が書きたいことだけ、相手に知らせたいことだけ記したのが手紙だ。書き手は手紙に噓(うそ)を書いても良いし(!)、誰かに成り代わって書くこともできる。読んでいる手紙は投函(とうかん)されたものとは限らない。手紙はミステリーで言う“信頼できない語り手”だ。作者は手紙がもつ可能性を、平易な読みやすい文章で、作品ごとに凝った仕掛けを施し、多彩なバリエーションを緩急をつけた順番に並べて、最後まで読者を飽きさせない。SNSでのやり取りに慣れた今の読者はきっと、手紙がもつ(うさん臭さを含めた)可能性に新鮮な驚きを覚えることだろう。

 もう一つのポイントは「ミステリー」だ。良質のミステリーを読むという行為は、言葉を鵜呑(うの)みにする前に一度立ち止まる訓練となる。政府が科学的知見に依(よ)らない情報を垂れ流し、ネット上にフェイクニュースが溢(あふ)れる昨今、簡単に騙(だま)されないぞという身構えはこの社会を生き延びる武器となる。本書を手に取るきっかけとしては充分(じゅうぶん)だ。

 ちなみに、本書のタイトルは「十二人の手紙」。ポーの『盗まれた手紙』さながら、作者は一番目立つ場所に謎を仕掛けた。「十二人」の手紙が物語を動かし、転倒させ、予期せぬ大団円(?)へと突き進む要因となる。読了後、どの十二人が“犯人”だったのか、改めて数えてみるのも一興だろう。=朝日新聞2020年4月4日掲載

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 中公文庫・776円=8刷13万3千部。作家の初期の名作で、文庫版は1980年刊行。都内書店のポップから火がついて全国展開。今年に入って10万部の大増刷につながった。