「恐怖は差別すら自己正当化させる」

 〈地球は、たった一種の新参の生物――チミドロによって蹂躙(じゅうりん)されていた〉
 収録作「赤い雨」は、3年前に書き上げたSF短編。巨大石油企業による遺伝子操作で生み出された赤い藻類「チミドロ」が研究所から流出。胞子を飛ばして人間を含む生物に「感染」するこの新種の藻類が、大地も海も赤く染めてしまった世界が舞台だ。

 支配層は感染から逃れるため、ドームと呼ばれる防護壁に覆われた都市に住む一方、貧困層は胞子で汚染された赤い雨にさらされるスラムで暮らす。スラムの人びとの平均寿命は40歳未満。防護壁によって、文字通り分断された格差社会が描かれる。

 主人公の橘瑞樹(みずき)はスラム出身ながら、狭き門の試験を突破してドームに迎えられた女性医師。スラムの人びとに早すぎる死をもたらす病の治療法を見つけようとするが、ドームを感染のリスクにさらしたとして訴追委員会にかけられてしまう。
 〈そこに流れていた最も強い感情は恐怖だった/やがて、恐怖に耐えられなくなった聴衆は、そのエネルギーを別の感情に転化し始めた。怒りである〉

 1997年に日本ホラー小説大賞を受けた『黒い家』をはじめ、恐怖という視角から人間を描いてきた。「恐怖にかられると、差別すら自己正当化してしまう。それが人間の持つ一面だと思います」

 そう改めて考えさせられたのが、新型コロナウイルスによる死者が比較的少ないドイツ側の住民が、フランス側の住民に対して卵を投げつけるなどの差別を強めているというニュースだったという。

 中学時代を70年代の西ドイツで過ごした貴志さん。第2次世界大戦への反省から「常に良識の側に立つ決意を感じさせる社会でした」と振り返る。それだけに「あのドイツ人たちがそうなるとは、想像もつきませんでした」。

 揺るぎないはずの価値観をも揺さぶってしまう恐怖という感情。「自由はかけがえのないもの。でも、もし自由と安全を天秤(てんびん)にかけたら、安全の方を選んでしまう。それが、今も昔も変わらない人間なのかもしれません」

 「赤い雨」の作中でも、人間も社会もそう簡単には変わらない。それでもラストシーンでは、失いながらも一歩を踏み出す人間の姿が描かれ、「苦みのある希望」とでも呼ぶべき余韻がただよう。「手放しのハッピーエンドは現実にはありません。何を救い、何を犠牲にするのか。小説でも、その選択を描きたい」(上原佳久)=朝日新聞2020年4月22日掲載