多分ですが私、人よりつまらない青春を過ごした気がしてます。
 パッとしない地元からパッとしない女子中へ進み、パッとしない女子高へ進み、パッとしない大学へ進み……ああ、私の青春がパッとしないのは生活圏内に同年代の異性が存在していないのが理由というわけでは別になく、ただただ私という一個人の資質がとにかく絶対的にダサくてパッとしないからなのだな、と、二十歳になるまでには理解できて、そこからは己のダサさ、パッとしなさに抗うのをやめました。

 そしてそのまま時は過ぎ、青春が終わり、コンプレックスを煮詰めた果ての諦観めいた境地に至って四十代。いまや立派な中年期に突入。なんだかそういう人生です。

 しかし意外なことに、今いるこの地点から改めて振り返ってみれば、そんな私のパッとしなかった青春の日々にも、フラッシュが瞬くようにキラキラと輝いて見える記憶の欠片が――儚くも眩いいくつかの瞬間が、たくさんではないけれど、ちゃんとあったりするのです。

 それはたとえば、春。新しいクラスでの生活を不安に思いながら登校する桜並木の道。前の方から友達の声が聞こえて、ホッとして駆け出す若葉の影。道路の水たまり。

 みんなで朝早くから待ち合わせて、郊外のプールへ出かける夏。電車とバスを乗り継いで、太陽の下で大はしゃぎして、光る水面に突き落としあって、監視員が怒りを込めて鳴らすホイッスルの音。
 秋には他校の文化祭。出会いを求めているわけではないけどね、そうそう別にね、ただの好奇心だよね、などと必死に取り繕いながら男子校の門をくぐり、友達の彼氏が出現するたびに意味なくキャーキャー騒いで囃す『その他大勢』のうちの一人が私。

 暖房の効きの悪さに文句しか出ない冬。窓際のストーブでレトルトカレーのパウチを温めるのが流行りすぎて、ある日の昼休み、すらりと並んだ全カレーが担任に没収されるという悪夢。弁当箱に詰めた白ごはんだけでどうすんの、という絶望。

 そんな春夏秋冬は、思えばあまりにもあっという間に過ぎ去ってしまいました。その眩さにも、かけがえのなさにも、真っ只中にいる時は気が付くことができませんでした。

 そして今、そんな瞬間の記憶を一つ一つ紐解いてみれば、鼻の奥には、ふとよみがえる匂いがあります。
 甘ったるい西瓜はあの子のエスケープ。あの子はCK−oneの渋いシトラス。あの子とあの子はプチサンボンで、私のプティゲランはかすかなレモン。誰かが試したカボティーヌの残り香。アメリカのお菓子の強烈すぎる砂糖。焦がした蜜。チョコレートにココナッツにバニラにプラスチック。洗剤。コーラ。クッキー。偽物のフルーツ。嘘くさい花のブーケ。友達と自分と知らない女の子たちと、お菓子と化粧品と色とりどりのかわいい雑貨と、それらがぜんぶ混ざり合ったあの匂い。

 それは、ソニプラの匂いです。
 学校帰りに制服のままで、休みの日には背伸びした私服で、友達みんなと何時間も何時間も入り浸った、あのお店の匂いです。
 今は運営会社が変わって「ソニープラザ」という名称は使われていないのですが、私は今でもあのお店のことを、ソニプラと呼んでしまいます。

 あの季節を生きる15や16や17だった私には、日々をサバイブするために絶対必要な物がいくつもあって、そしてそれらのほとんどすべてはソニプラにありました。というか、ソニプラにしかありませんでした。ソニプラにあるものでなくては絶対にだめだったし、そこは絶対にゆずれなかったのです。

 春には張り切って文房具を一新したい。虹色の留め紐がついた大きなバインダーは毎年色を変えたいし、ルーズリーフは黄色の紙、それもピンクとブルーで罫線が引いてあるやつ。ボールペンは粘っこいインクがベトベトとムラになるBICのやつ。それ以外はありえない。

 夏には海やプールに行きたい。ココナッツの香りのボディオイルがいるし、アロエとキューカンバーのローションもいるし、麻とビニールのかわいい大きなバッグもいる。プールサイド用のサンダルもいる。
 出会いなんか多分ない秋だけど、それでもおしゃれはしておきたい。透明のネイルぐらいはつけてみたい。薄いピンクなら学校でもバレないかもしれない。フープのピアスっぽく見えるイヤリングの、痛くならないヤツも探したい。

 友達同士で交換しあうクリスマスプレゼントは、毎年の冬の悩み事。キャラもののランチボックスもいいし、ナイロンのカラフルなポーチもいい。ボーイズっぽいニットキャップも、紺のコートに合う赤いミトンも、いい香りすぎるハンドクリームも捨てがたい。小さなアルミの缶入りのリップクリームは、友達みんなでお揃いで持ちたい。

 ――15や16や17だったあの頃は、常に新しい、未知の「なにか楽しいこと」が、目の前に大きく口を開けていました。
 それは例えば新しい教室や、遠い町のプールや、男子のいる文化祭や、寒風の街に灯るクリスマスのネオン。
 そしてそこに飛び込む前には、「ソニプラに行かなきゃ!」だったのです。必ず。

 15や16や17の女の子が、もしもださくて、冴えなくて、パッとしなくて、自分に自信が持てなくて、でもそんな自分を必死に隠したくて、友達とともに未知の冒険に旅立ちたいと思ったなら、ソニプラで装備を整えなくてはいけなかったのです。

 かわいいかわいいこれ欲しいー! ペン一本、ポーチ一つ、リップクリーム一つで飛び跳ねるように大騒ぎして、「こわい」とか、「不安」とか、「さびしい」とか、そんな弱々しい声を、かき消してしまわなくてはいけなかったのです。

 まだ見ぬ未来には、きっとなにか楽しいことが待っている。
 まっすぐにそう信じていられた時代は、決して長くはありませんでした。そう信じていられたこと自体がどれほど幸せなことだったか。そんな私の幸せは、どれほどの力に守られていたのか。気が付くことができたのは、そんな季節が終わってしまって、今、この時を生きていられているからです。

 つまらなかったし、ぱっとしなかった私の青春時代。燃えるような恋愛とか、親との派手な衝突とか、学業面での大活躍とか、そういう華やかさとはまったく無縁のまま過ぎ去っていった季節。それでもとにかくばかみたいに笑ってばかりいた、あの日々。あの頃。
 私は、ソニプラが大好きでした。