絵本の春(泉鏡花・作/金井田英津子・画、朝日出版社)

消えた心臓/マグヌス伯爵(M・R・ジェイムズ、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)

家が呼ぶ 物件ホラー傑作選(朝宮運河編、ちくま文庫)

 怪奇幻想ホラー等と呼ばれるジャンルは、隣接するミステリーやSFと較(くら)べて、いまひとつ摑(つか)みどころがなく、得体(えたい)の知れない印象がある。そしてそれこそが、この分野の得がたい魅力でもあるのだと私は思っている。幻想と怪奇の多彩な魅力を湛(たた)えた注目の新刊を、ここでは紹介していきたい。

 近代日本の怪奇幻想小説を代表する文豪の筆頭にあげられる泉鏡花。令和の現在も衰えることがない人気の秘密は、その変幻自在な文章に秘められたただならぬ映像喚起力にあると私は睨(にら)んでいる。古くは鏑木清方や小村雪岱(こむらせったい)から現代の山本タカトや中川学まで、多くの画家が鏡花作品に魅せられ、そのヴィジュアライズに取り組んできたのも、それゆえだろう。

 そんな系譜にこのほど、卓越した一冊が加わった。版画家・金井田英津子が、鏡花の珠玉短篇(たんぺん)を絵本ならぬ画本化した『絵本の春』だ。さまざまな版画技法を駆使した装画と作家の文章が渾然一体(こんぜんいったい)となって醸し出される独特なたたずまいは、原典の奥処(おくが)に見え隠れする妖しい光景を、われわれ読者に垣間見(かいまみ)させてくれる。美しいお嬢さんが営む貸本屋が幻のように顕(あら)われる「桃の古小路(ふるこうじ)」を、雪岱さながらの超絶省略技巧で俯瞰(ふかん)した頁(ページ)や、後半の主眼となる妖蛇の群れの頁はとりわけ必見。

 英国ケンブリッジの碩学(せきがく)として生涯を全(まっと)うしたM・R・ジェイムズは、学生たちを前に自作の怪談を語ることを無上の愉(たの)しみとした。古蹟(こせき)や骨董(こっとう)にまつわる専門知識を鏤(ちりば)めつつ、恐怖醸成の技巧を極めたそれらの短篇は、後に『好古家の怪談集』ほかの作品集にまとめられ、英国怪談の大定番(スタンダード)として今も畏敬(いけい)の念とともに愛読されている。

 先ごろラヴクラフトの新訳が日本翻訳大賞にノミネートされて話題を呼んだ南條竹則訳による『消えた心臓/マグヌス伯爵』は、右の『好古家の怪談集』の新たな全訳に、怪談創作の内幕を記す小品をオマケに付けた一冊。

 傑作ぞろいとあって既訳も多いが、英文学研究のエキスパートならではの識見に裏打ちされた訳文には教えられるところが多かった。これには訳者自身も大のおばけずきであることが大きいのだろう。学識の豊富さだけでは、一読ぞっと身の毛のよだつような訳文を実現することは難事であろうから。

 西と東のおばけずき学匠による見事なコラボレーション!

 近年注目を集める「物件ホラー」をテーマに、現代日本の人気作家たちによる名作佳品十一篇を収めた朝宮運河編『家が呼ぶ』は、ステイホームな現在、まさに身につまされる戦慄(せんりつ)に満ちた好アンソロジー。心地よい陰々滅々ぶりは梅雨時の読書にふさわしい。=朝日新聞2020年6月24日掲載