暑くなるこれからの季節、ホラー小説でも読んでみようかな、と思っている方に自信を持っておすすめできる3作+αが相前後して刊行された。クラシックありモダンあり、書かれた時代はさまざまだが、いずれもホラーの真髄に触れられる傑作ばかりである。

 『消えた心臓/マグヌス伯爵』(南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)は、「英国が生んだ最高の怪談作家」とも呼ばれるM・R・ジェイムズの第一短編集『好古家の怪談集』(1904)の全訳。作者不詳の古い絵が過去の惨劇を再現してゆく「銅版画」、邪悪な男に引き取られた少年が恐ろしい光景を目のあたりにする「消えた心臓」など、古風なたたずまいと鋭い戦慄が共存した9編を収録する。
 いずれも甲乙つけがたいのだが、ベストを選ぶならやはり代表作「若者よ、口笛吹かばわれ行かん」だろうか。休暇旅行で海沿いの町を訪れた男が、聖堂騎士団の遺跡から掘り出した笛によって、恐怖の一夜を体験する。さりげないムードの序盤から、じわじわと不穏さを増してゆく中盤、ショッキングな山場へといたる無駄のない語りはまさに名人芸。何度読んでも「うまいなあ」と感心してしまう。現代日本屈指のおばけ好き文人・南條竹則の平明にして味わい深い訳文も、ジェイムズの古典的な世界にはぴったり。まずは読んでおきたい定番中の定番である。

 ジェイムズら先人の影響を受けながら、アメリカでホラーを発展させたのがH・P・ラヴクラフト。「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」と称するスケールの大きい作品群は、後述のスティーヴン・キングら数多のフォロワーを生んだ。ニューイングランドの架空都市・アーカムを舞台にした短編を収める『宇宙(そら)の彼方の色 新訳クトゥルー神話コレクション5』(森瀬繚訳、星海社)をひもとけば、ホラー史におけるラヴクラフトの新しさが了解されるだろう。
 表題作は、彼方から飛来した謎の隕石によって、丘陵地の農場が汚染され、滅んでゆくさまを迫真のタッチで綴った力作。SF的なアイデアと、怪奇幻想のムードを巧みに融合させ、唯一無二の世界を作りあげている。科学技術によって異次元の存在との交流を試みる「彼方より」、侵略者による人格乗っ取りという、これまたSF的なアイデアを陰々滅々とした怪談仕立てで描いた「暗闇で囁くもの」なども同系統の作品だ。ジェイムズより約30歳年下のラヴクラフトの登場で、ホラー小説は新しいフェイズに突入した。
 なお資料性が高いことで定評のある森瀬版「新訳クトゥルー神話コレクション」。この巻でも最新の研究成果を反映した注釈・解説や、ニューイングランド地方の地図など、盛りだくさんの内容である。作品世界の背景を理解するうえで、大いに助けられた。

 現代アメリカンホラーの巨匠、スティーヴン・キングの初期作『呪われた町』上・下(永井淳訳、文春文庫)が復刊された。大きくなった活字で20数年ぶりに再読したが、やっぱり恐い、そして上手い。
 メイン州の田舎町セイラムズ・ロットに、少年時代をその町で過ごした新進小説家がやってくる。彼は丘の上に建つマーステン館を題材に、新作を執筆しようと計画中だ。しかし館はすでにバーローとストレイカーという二人のよそ者によって購入されていた。館で骨董家具店がオープンするのにともなって、変死者が続出する……。スモールタウンの人間模様を緻密に描くことで、1970年代当時でも使い古された観のあった吸血鬼テーマに、新たな命を吹きこんだモダンホラーの金字塔。本書を読むまで、吸血鬼がこれほど恐ろしいとは考えたこともなかった。
 本作がブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』をはじめとして、先行する多くのホラー小説の影響下に書かれたことは、解説者の風間賢二が詳しく述べているとおり。そしてキングの前人未踏の挑戦は、『屍鬼』の小野不由美などわが国の優れたホラー作家たちにもインスピレーションを与えることになった。ホラーの魂は海を越え、時代を越えて、現代にも受け継がれているのだ。

 最後にもう1冊。『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』(朝宮運河編、ちくま文庫)は、昨今話題の事故物件など、家にまつわるホラー11編を集めたアンソロジー。『呪われた町』のマーステン館にも負けない、いわくつきの物件が並んでいる。国産ホラー入門として役立てていただけるはずなので、ぜひ手にとってほしい。新たなお気に入り作家に出会っていただけると、編者としては幸いだ。