じんかん [著]今村翔吾

 戦国時代、大和国を治めた武将・松永久秀。
 主家の乗っ取り、将軍足利義輝弑逆(しいぎゃく)、東大寺焼き討ちという「三悪」を犯した「悪人」として知られる。信長に対して二度の謀反、最期は信長が所望した茶器・平蜘蛛(ひらぐも)に火薬を詰めて爆死したなどという派手な巷説(こうせつ)が生まれたほどの、逸話の多い人物である。
 しかし、果たして松永久秀は本当に巷間伝わるような「悪人」だったのか。
 三好長慶の祐筆(ゆうひつ)として世に出るまでの久秀の人生はわかっていない。その少年時代を今村翔吾は大胆に創作、後の久秀のエピソードに別の角度から光を当て、まったく新しい松永久秀像を創り上げた。これが抜群に面白い。
 戦乱後の荒廃した時代をともに生きた仲間との思い出。三好元長の理想に共感し、堺の自治のために駆け回った青年期。そこまでの仕込みが後半の「史実」に効いてくる。長慶亡き後、家中から悪人の汚名を着せられ、理想がことごとく潰(つい)えた。それでも少年時代の盟友や亡き主君の思いを継ぎ、後世へ託すために、たとえ悪人と呼ばれようとも自らの信じた道を貫く久秀に胸が熱くなる。
 特筆すべきは「三悪」の新解釈だ。史実はそのままに、各事件の背後に「あったかもしれない」ドラマを描く。年表には出てこない人の営みを描く歴史小説の醍醐味と言っていい。
 戦国史ファン以外にはあまり知られていない武将かもしれない。それを著者は織田信長が久秀のことを小姓に語って聞かせるという手法を取り、馴染みがなくてもすんなり物語に入れるよう工夫している。さらに少年期の久秀の登場場面にもある仕掛けがあり、序盤から意外な展開で読者を惹きつける。これらの工夫が単なる読者サービスではなく、「思いを継ぎ、後に託す」という物語のテーマにつながるのには脱帽した。
 卓越したストーリーテリングも光る。「悪人・松永久秀」の印象を覆す力作。
    ◇
いまむら・しょうご 1984年生まれ。作家。2020年、『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞。本書は直木賞候補。