岩佐又兵衛風絵巻の謎を解く [著]黒田日出男

 戦国武将・荒木村重の子として生まれ、江戸時代初期に活躍した絵師、岩佐又兵衛(またべい)。美術史家の辻惟雄(のぶお)氏らの研究によって奇想の絵師として脚光を浴び、今では浮世絵の元祖は菱川師宣ではなく岩佐又兵衛である、とまで言われる。
 又兵衛の作品の中で特に注目されるのが、仇討(あだう)ち物の古浄瑠璃などを題材にした絵巻群で、残虐場面の劇的な描写が印象的である。辻氏は「又兵衛風絵巻群」の制作期間が半世紀に及ぶと推定した。
 これに対し著者は前著『岩佐又兵衛と松平忠直』(岩波書店)で、「又兵衛風絵巻群」の注文主を松平忠直1人に絞り込み、ほとんどの作品が元和2年(1616)から同9年までの短期間に次々と制作されたと主張した。忠直は抜群の血筋(江戸幕府2代将軍徳川秀忠の兄である結城秀康の嫡男)と大坂の陣での活躍が秀忠から正当に評価されていないと怒り、妻の勝姫(かつひめ、秀忠の娘)とも不和になった。又兵衛風絵巻群はいずれも家族関係の倫理的緊張感を描いており、勝姫に父への孝行より夫への貞節を優先するよう求める忠直の意思が反映されているという。
 本書では、又兵衛絵巻群の全作品が同じ大きさの特注品の料紙を使用していることを解明し、高級和紙の名産地である越前を領有する忠直だからこそ大量に用意できた、と自説をさらに補強している。また又兵衛絵巻群の共通点として、乳母(めのと)・乳母子(めのとご)の存在感の大きさを指摘し、大野治長(はるなが、淀殿の乳母子)や春日局(徳川家光の乳母)などを例示しつつ、近世初期政治史における乳母・乳母子の重要性について問題提起する。
 辻氏らが無意識のうちに現代人の感覚で絵巻を読解していると批判し、制作された時代の社会的・文化的なコード(約束事)に則(のっと)って解釈すべきだと論じるくだりは、絵画史料論の創始者たる著者の面目躍如だろう。美術史側からの反論にも期待したい。
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 くろだ・ひでお 1943年生まれ。東京大名誉教授(日本中世・近世史、絵画史料論)。『謎解き 洛中洛外図』など。