外出自粛やリモートワークが続いた中、家事と育児と在宅勤務で世間の主婦の方の負担が大きくなって大変だったという話を聞きました。アートには癒(いや)しの力があると言われますが、そんな主婦の方々の思いが浄化されそうな本が『#名画で学ぶ主婦業』。Twitter発「名画」×「主婦のつぶやき」のコラボで、好評で第二弾も発売。主婦以外の人が見ても、その苦労をリアルに実感してねぎらいの気持ちがわいてきたり、普通に名画の勉強にもなったりして、万人が楽しめる内容です。

 例えば、パブロ・ピカソの幾何学的な女性の泣き顔の絵には「レゴ踏んだ」という一言が添えられ、ヨハネス・フェルメールの「牛乳を注ぐ女」には「ボディソープの詰め替え、毎回私がやってるな」という心のつぶやきが。エゴン・シーレの、目を見開いた怯(おび)え顔の子どもと母の絵「母と子Ⅱ」には「久しぶりにフルメイクしたら子どもから怯えられる」という新たな解釈が。高尚な名画も少し敷居が低くなったようです。

 なぜか宗教画とのコラボ率が高く、有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐(ばんさん)」には「旦那の親戚めっちゃ来た」、ペーテル・パウル・ルーベンスによる、失神したマグダラのマリアを天使が抱える「法悦のマグダラのマリア」には「PTA役員がくじ引きで当たってしまった瞬間」など、聖なるモチーフがもうそのシチュエーションにしか見えません。布に包まれる瀕死(ひんし)のイエス・キリストを、なかなか着替えない子どもに見立てたり、倒れているキリストを空から神様が見つめる図を「一家全員インフルエンザの修羅場に来訪した、お義父(とう)さん」になぞらえたり、恐れ知らずの主婦たち。宗教画が浮かぶのは、神様を求めたくなるほど忙しくて大変ということなのかもしれません。本来の意図とは違う解釈をされても、博愛的な神様はバチを与えたりしないでしょう。共感を得ることで現代のSNSで再ブレイクした名画も喜んでいそうです。=朝日新聞2020年6月27日掲載