小池百合子という政治家にとって、何よりも大事なのはいま、いかに自らが輝くか。そのためには、過去の言動との整合性や人間関係を気にかけず、ちゅうちょなく動く。小池氏の半生を追った『女帝 小池百合子』(石井妙子著、文芸春秋)を読み終えた時、朝日新聞都庁キャップとして取材してきた小池氏のそういった印象がより鮮明になった。

 「政界渡り鳥」と揶揄される一方、「女性初の首相候補」とももてはやされる小池氏。細川護熙・元首相に始まり、小沢一郎・元新進党代表、小泉純一郎・元首相ら時の権力者に近づき、そして離反する。防衛相時代には事務次官の更迭に動いて騒動を起こし、奇妙な理由で突然辞任を表明した。

 本書のすごみは、こうした小池氏の言動や変節を丹念な取材によって塊にして見せることで、政治家としての資質を問うていることだ。そして、これらの批判を受けた時、小池氏が得意とする手法がある。問題のすり替えによる反論だ。

 小池氏は、7月の都知事選の際、4年前の選挙で掲げた「七つのゼロ」について「未達成ではないか」という批判を受けた。待機児童、満員電車など7項目の「ゼロ」を目指すとした公約だ。小池氏の対応に注目が集まった。

 すると、小池氏は「#小池ゆりこに物申す」と名づけたツイッター上の企画でこう回答した。「『七つのゼロ』は身近な都政の課題について高い目標を掲げることで、生活を改善する効果をもたらした」。政治家として過去の言動と食い違う行動を取った時、小池氏がどのような「すり替え」を見せたのか。本書では、その点も克明に描かれている。

 本書は、都知事選直前の5月末に出版された。すぐに大きな反響を呼び、くすぶり続けてきたカイロ大の「学歴詐称疑惑」は再燃した。過度なパフォーマンスでかき乱し、後片付けをせずに立ち去る――。豊洲市場への移転問題や2017年衆院選での希望の党結成によって、小池氏の政治手法を疑問視する声は少なくない。取材を通じて、そうした批判層が一定数いる感覚は確かにあった。

 それが、ふたを開けてみれば、366万票という歴代2位の得票数で再選を果たした。対峙してきた自民党が早々と対抗馬擁立をあきらめ、国政野党の票が割れたというだけでは説明がつかない圧勝劇だった。

 本書には、次のような下りがある。

 「彼女が彼女になれたのは、彼女の『物語』に負うところが大きい。本来、こうした『物語』はメディアが検証するべきであるのに、その義務を放棄してきた。そればかりか、無責任な共犯者となってきた」

 小池氏が「物語」をつくってきたかどうかについては、私は責任と確信を持って発言することはできない。それでも「彼女」が「彼女」になれた功罪を、小池氏を取り上げ続けてきた大手メディアが負っていることは間違いない。

 本書が出版された直後、私は書かれている指摘にどう向き合うか、頭を悩ませていた。特に学歴詐称疑惑が事実であれば、都知事を担当する都庁記者クラブとしても大きく報道する必要が出てくる。一方で、これまでの朝日新聞の取材に対し、カイロ大側は卒業を認めている。その「卒業」の正当性を判断するだけの材料を、取材で得られたわけではなかった。

 ただ、猛省しなければならない事実がある。本書が出版されて以降、定例会見やぶら下がり取材で、学歴詐称疑惑に関する質問はしばらく出なかったことだ。

 この疑惑に関する質問が初めて出たのは、6月12日にあった小池氏の都知事選出馬会見。しかも質問したのはクラブ加盟社の記者ではなく、フリーの記者だった。疑惑にとどまっていたとしても、事実関係の有無を権力者に尋ねる行為を怠った。記者クラブによる権力監視の機能が衰えたと指摘されても致し方ないことだと感じている。そして、それが小池氏圧勝を後押ししたとの批判が出てしかるべきだ。

 一方で、都知事選での圧勝劇を経て、学歴詐称疑惑よりも着目すべき点があるとの思いが強まった。小池氏が刻んできた政治手法や言動のあり方ではないか、と。本書には、都知事の立場を超えて「ポスト安倍」とも言われる小池氏のこれからの歩みを検証していくために、とても貴重な取材や証言が詰まっている。そう考えた時、都庁クラブの記者として、本書に関して筆を取ろうと決意した。

 小池氏は「平時」よりも「乱世」で輝ける政治家だと思っている。希望の党での「排除」発言で存在感を失った小池氏は、新型コロナウイルスへの対応で再び、「時の人」となった。

 くしくも小池氏が権力の中心にい続けた平成という時代は、政治のあり方そのものが大きく揺れた時期でもあった。本書は、小池氏を「平成の代表者」と位置づけることで、平成の政治史という時間軸を存分に採り入れているところも読み応えのひとつだ。