巨大産業化 感じるゆがみ 堂場瞬一さん

作家の堂場瞬一さん=興野優平撮影

 『アナザーフェイス』など警察小説で知られる堂場さんのデビュー作『8年』はメジャーリーグが題材。スポーツ小説は長年書いてきた。今年、4カ月連続で五輪に関連したスポーツ小説を刊行する、出版社横断型の「堂場2020プロジェクト」を行った。

 「もしかしたら、日本で開かれる最後のオリンピックかもしれない。乗っかっておくしかないだろう、というちょっとすけべな動機でした」。3月『チームⅢ』(実業之日本社)、4月『空の声』(文芸春秋)、5月『ダブル・トライ』(講談社)、6月『ホーム』(集英社)と刊行を続けた。「各社とも年間の出版予定があるから来年に延ばすわけにもいかない。コロナにはしごを外されました」

 4冊を書き終え、五輪の大きさを改めて実感した。「1冊書いてすませられるほど、単純なイベントではない。個別にいろんな側面があることを見せたかった」

 2019年の日本が舞台の『チームⅢ』では、メダルへの期待を背負うマラソン選手が、どこまでも個人的な動機で走り、スランプを克服しようとする。対照的に、『空の声』で描かれるのは、日本が戦後初めて参加する夏季五輪、ヘルシンキ大会に体調不良をひた隠しにして赴き、中継しようとするアナウンサーだ。「あの時代の、オリンピックへの思いの強さ、義務感、そういうものはいまはない。そこにすごくのみ込まれた感じがした」。ただ一部の読者からは「体調が悪いなら行かなければ良いのに」という感想があったという。「身もふたもないけれど、いまの常識ではそうなんだなと。オリンピックのとらえ方が、みなばらばらになったと感じる」

大会題材に4冊 とらえ方ばらばら

 現代の五輪は、世界有数の巨大イベントだ。それゆえにゆがみは、様々な場面で生じている。スポーツと企業の関係を浮き彫りにしたのが『ダブル・トライ』だ。7人制ラグビー日本代表の神崎は、まったく畑違いの円盤投げでも頭角を現す。二刀流に批判を浴びつつ注目を集める神崎は、企業からのオファーを断り続け、自分なりのスポーツの形を模索する。
 思い起こせば、五輪はかつて、アマチュア選手の大会だった。「世界的に見て、スポーツ産業がこれほど肥大化している状況に、何か違和感がある。お金以外の価値観がスポーツにはあるんではないか、という疑問です」

 五輪に様々な角度から光をあててきた堂場さんにも、東京五輪の今後は見当がつかないという。「常に濃厚接触のラグビーのような競技はどうしたら良いのか。東京大会は開けたとしても、その後はどうなるのか。種目によっては、プレー自体ができないまま時間が流れるかもしれない」
 東京五輪に合わせて舞台を設定した作品は、コロナ禍で結果的に実際とはかけ離れたものになった。「小説で扱えるものに限界があるのかと考え始めてしまった。我々、リアルな小説を書いている人間の限界みたいなものを感じている」

象徴的権力の弱まり、拍車 石坂友司・奈良女子大学准教授

石坂友司さん=本人提供

 「コロナ禍で多くの人の生活が奪われていく中で、それでも五輪の価値を認めてもらうためには無駄はなくさなければいけない」

 組織委員会などは簡素化したうえで来夏開催を目指す姿勢だ。しかし、聖火リレーの中止でなく縮小などといった、現実と乖離(かいり)した対策では、五輪は不要なイベントだという考えを強くする人がますます増えるだろう、と石坂さんは危惧する。

 「オリンピックは象徴的権力を持つ」と、石坂さんは著書『現代オリンピックの発展と危機1940―2020』で指摘している。平和の祭典、スポーツの中立性など様々なイメージを託し、それを信じる人が多ければ多いほど力を持つイベントになる。ただ、その力は弱まりつつあり、コロナ禍は拍車をかけた。

 延期された東京五輪を、コロナ禍を克服したシンボルにしようと意気込む意見もある。だが、そもそも今回の東京五輪では、東日本大震災からの復興、競技会場を都心に集中させるコンパクト五輪など様々な理念が掲げられながら、その内実はあいまいなままだった。「コロナ克服のためにオリンピックを開くわけではない。なぜ開かなければいけないかという本質の議論があって、その上でコロナを考えるというならわかるが、コロナ克服を前面に掲げるのは本末転倒だ」

 ただ、コロナ禍は五輪の開催にとどまらず、スポーツの根幹に影響するとみている。

 「スポーツの祭典」である五輪は、人気競技だけでなく、様々な競技を下支えしている。マイナー競技は五輪出場が活動を続ける大きな力になっており、とくに日本はその仕組みを強固に築いてきた。

スポーツなぜ大事か、考える機会に

 近代五輪はアマチュアリズムから遠く離れ、いまや商業主義を抜きには語れない。だが、たとえ商業的に利益を生まない競技でも、五輪種目であれば国から選手強化費を出す理由になった。メダルを取れれば認知度も上がり、選手への応援にもつながった。

 「1980年代ごろまでなら、個人で練習していても金メダルに手が届いたということもありえた。いまは専門のコーチや施設でトレーニングをして、遠征して国際大会に出ないとメダルは取れない。国からの支援がないと成り立たない」

 だが、国民の理解を得られなければ、支援を受けられず、マイナー競技は存続自体が危うくなりかねない。選手の生活も脅かされることになる。
 近代五輪で史上初となる延期に見舞われたが、その日本だからこそ発信できるメッセージがある、と石坂さんは考えている。「スポーツが我々にとってどうして大事なのか、もう一度考え直す最後のチャンスだと思う。こういう機会がなければ過度の商業主義を切り離すのは難しい。いまこそ、五輪の本質を議論するチャンスだ」=朝日新聞2020年7月29日掲載