『塀の中の美容室』あらすじ

 服役中に美容師となった小松原葉留は、女子刑務所内の美容室で、一般客の髪を切っている。天井から壁まで青空が描かれたその美容室を訪れる人は、小松原がもたらす静かな時間に、いつしか心を洗い流され……。小松原はなぜ、美容師として鏡の前に立つのか。客たちはなぜ、そこで髪を切るのか。ひとりの受刑者と、社会を生きる女たちの、やさしくてあたたかな「再生」の物語。

お話を聞いた⼈桜井美奈(さくらい・みな)小説家

第19回電撃小説大賞<大賞>を受賞。2013年『きじかくしの庭』(メディアワークス文庫)でデビュー。他の著書に『嘘が見える僕は、素直な君に恋をした』(双葉文庫)、『マンガハウス!』(光文社文庫)、『居酒屋すずめ 迷い鳥たちの学校』(ハルキ文庫)などがある。2018年に『塀の中の美容室』(双葉文庫)が刊行された。

小日向まるこ(こひなた・まるこ)

漫画家。21歳の頃から電子コミックサイトで漫画を発表し始める。2017年、『アルティストは花を踏まない』(小学館)で紙媒体デビュー。同作が第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品となる。2020年、ビッグコミックで漫画『塀の中の美容室』の短期集中連載を開始。8月28日に単行本化された。

小説家・漫画家になったきっかけ

――デビューまでの経緯を教えてください。

桜井美奈さん(以下、桜井) もともとは漫画家に憧れていたんですが、絵を描くのが苦手で…。そんななか、ある日高校の図書室で新井素子さんの小説を見つけて「私もこんな作品を書きたい」と感じ、小説を書き始めるようになりました。
 2012年、電撃小説大賞に応募した『きじかくしの庭』が大賞を受賞し、翌年から小説家として活動を始めました。

小日向まるこさん(以下、小日向) 私は漫画家になりたいというよりは、絵で物語を紡ぐのが好きだったんです。漫画よりも絵本や映画の影響が大きいと思います。
 通信制の美大に通いながらアルバイトをしていたのですが、バイトで時間を奪われるよりは大好きな絵を描く仕事がしたくて。そんなとき、電子コミックサイトの広告に「漫画家募集」と表示されているのを目にしました。描きたい物語があったので、一つの漫画にして投稿したのが始まりです。5年ほど前のことです。

刑務所内に美容室があることを知った

――『塀の中の美容室』は女子刑務所内の天井から壁まで青空が描かれた美容室で髪を切ってもらう女性たちを描いた連作短編集です。章ごとに語り手が変わるのも印象的です。彼女たちの設定はどうやって決めたのですか?

桜井 女子刑務所が舞台の小説なので、受刑者目線の物語にしてしまうと、刑務所の中だけの話になってしまう。なので、章ごとに語り手を変えました。
 彼女たちそれぞれに、美容室で受刑者に髪を切ってもらうまでの背景があります。それを踏まえたうえで、世代や性格、立場にバリエーションを持たせていきました。

――原作小説の構想を得たきっかけは何ですか?

桜井 当時の担当編集さんはノンフィクション番組が好きで、ある日テレビ番組で刑務所の中に美容室が取り上げられているのを見たそうなんです。それで小説の打ち合わせをしながら複数の案を出していた際、刑務所内の美容室のことを聞いて面白そうだと思いました。そして実際に受刑者が美容師として働く美容室のある、岐阜県の笠松刑務所を取材することになりました。

――『塀の中の美容室』全編を通して女性たちの髪を切るのは受刑者の葉留(はる)です。彼女は物語全体の主人公ですが葉留視点のエピソードはありませんね。

桜井 受刑者が刑務所内で美容師資格を取るためには長期間刑務所にいることが条件なので、主人公の葉留が重い罪を犯している、という設定は不可欠なんです。
 でも、葉留の主観で罪を犯した過去を語ってしまうと「葉留にも理由があった」と、読者がその行為に同情し肯定的にとらえてしまうかも知れないという懸念がありました。とはいえ、葉留について突き放して書きすぎてしまえば、読者は共感できません。

――難しいところですね。

桜井 はい。そこで葉留ではない第三者の視点から描けば、葉留の過去を同情的になりすぎずに描写できるのではと考えました。加害者の家族というテーマを書きたい思いもあったので、後半には葉留の家族視点の章があります。

漫画の内容は刑務所の中のことに絞った

――漫画化はどのような経緯で決まったのですか?

小日向 担当編集さんが「青空の美容室を小日向さんの絵で見てみたい」と提案してくれたんです。私の描きたいテーマが「何かにつまずいた人が立ち上がる勇気を得る」というものだったので、桜井さんの原作小説を読んで近いものを感じました。

桜井 『塀の中の美容室』が漫画になるとは想像していなかったので、お話があったときは驚きましたね。私が作家デビューしたときの夢の一つが著作の漫画化だったので嬉しかったです。
 ただ原作小説は基本的には私語禁止の美容室が舞台なので、どう表現されるのかなと思っていましたが、小日向さんの前作『アルティストは花を踏まない』を読み、第1話がほぼ台詞なしで進んでいくのを見て「すてきな漫画にしてくれそう」と楽しみになりました。

――漫画は「ビッグコミック」で連載されていました。どのように漫画制作を進めましたか?

小日向 全4話を1冊の単行本にまとめるということは決まっていたので、全体の流れを意識しつつ、原作のどの部分にスポットを当てるのか担当編集さんと打ち合わせを重ねました。方向性が決まった後、ネームにして桜井さんに確認してもらいました。

――内容やエピソードの順番が原作小説と異なるのはどうしてですか?

小日向 「ビッグコミック」の連載では、次の話が読めるまでに2週間ほど間があきます。「読者は前回の話を覚えていないかもしれない」という前提で作っているので、完全なオムニバスにしてしまうと何を描きたい物語なのかわからなくなってしまう恐れがありました。
 だから原作が刑務所の中と外の両方を舞台にしてエピソードを紡いでいくのに対し、漫画では刑務所の中のことを中心に、1話1話で完結しつつも、読者に全体のつながりを意識してもらえるように構成しています。そのために原作の場面を省いたり、刑務官の菅生さん視点の章を加えて原作のエピソードをまとめたりしました。

桜井 菅生さんはにこやかに美容室のお客さんに対応しながら、職務をしっかりとこなす刑務官で、私自身思い入れのある登場人物です。
 というのも、刑務所で働く刑務官は創作の世界で好意的に描かれることがあまりないんです。刑務官も一歩外に出れば普通の人だということも伝えたいと思いながら書きました。

丁寧に物語を作れば、ちゃんと人に伝わる

――漫画が出来上がるまで原作者の桜井さんはどのような気持ちでしたか?

桜井 漫画『塀の中の美容室』は全4話なので、どう終わるのかわくわくしていました。漫画で初めて気づいたこともあります。第1話の語り手・志穂の職業が、原作小説ではテレビ放送局の社員ですが、漫画は週刊誌の記者になっています。
 原作の執筆段階では、出版業界は自分にとって身近すぎて題材にしにくいと思っていたんですが、漫画を読んで志穂には記者という仕事がはまるなと感じました。

小日向 漫画の志穂は作中世界の案内人のような存在ですね。「志穂が取材した内容の一部がこの物語です」という見方もできるし、読者と同じように志穂がこの美容室に初めて触れて、葉留を見守っていくように描きたかったので記者にしました。

――第1話の葉留と志穂の会話が印象に残っています。原作にはない「とりあえずひとつだけ決めて頑張ってみたら、他のこともまた連鎖していい方向に進むような…」という言葉も出てきましたね。

小日向 あれは漫画のネームを作っていて「うまくいかないな」と悩んでいるときに、実際に友達がかけてくれた言葉です。

 葉留の言葉によって志穂の心が軽くなり、自分自身で行動して変化していく姿が描けたと思います。

――ツイッターでは本作の第1話が反響を呼んでいますね。

桜井 すごいですよね!「いいね」やリツイートの数字が上がっていくのを楽しみながら見ています。

小日向 『塀の中の美容室』は私ひとりで描いたものではなく、いろいろな人と一緒に作り上げた作品です。丁寧にいいものを作ったら、ちゃんと人に伝わるんだなと実感しました。

タイトルのイメージとは異なる物語を味わってほしい

――未読の人にメッセージはありますか?

桜井 『塀の中の美容室』というタイトルや女子刑務所が舞台であるということから連想する暗いイメージと異なる物語なので、ちょっとでも興味があれば読んでほしいです。小説と漫画、どちらから読んでも楽しめます。

小日向 漫画では登場人物ひとりひとりの心の機微を、表情や空気感を含めて丁寧に描くことを大切にしました。読むと前向きになれる作品なので、心が疲れたときに手に取ってもらえたら嬉しいです。

――今後はどのような作品を書きたいですか?

桜井 来年(2021年)は小説を2作出したいです。1作は辛いことのある人が前向きになれる作品。もう1作は、『塀の中の美容室』とは後味の異なるものです。

小日向 生活の視点を1ミリずらすことで「こういう見方もできる」と思ってもらえるような日常生活の美しさを描きたいです。発表時期は未定ですが、夜寝る前に一人で飲むホットミルクのような読後感が得られる漫画を構想中です。