澤田瞳子が薦める文庫この新刊!

『天使・雲雀(ひばり)』 佐藤亜紀著 角川文庫 1298円

『ラウィーニア』 U・K・ル=グウィン著 谷垣暁美訳 河出文庫 1540円

『アレクサンドロス大王物語』 伝カリステネス著 橋本隆夫訳 ちくま学芸文庫 1650円

 日本以外の地を舞台とする3冊。

 (1)の舞台は第1次世界大戦前後。常人ならざる能力「感覚」を有する主人公が、混乱の坩堝(るつぼ)たる欧州で諜報(ちょうほう)活動に身を投じる姿は、まさに当時の世相を象徴するかの如(ごと)く、硬質な緊張感に満ちている。筋立てだけで語れば諜報小説、また主人公たちの異能に焦点を据えればサイキック小説と、既存の枠組みを超越する物語を史実という骨組みを用いて組み上げた壮大な歴史小説である。

 (2)ラウィーニアは元々、トロイアの英雄の活躍を描いた叙事詩『アエネーイス』に登場する古代イタリアの王女。ただ『アエネーイス』にはほんの少ししか登場しない彼女を、筆者は本作において主人公兼語り手に任じ、聡明(そうめい)で勇気ある女性の眼(め)から見たローマ建国の物語を瑞々(みずみず)しく紡いでいる。余談だが『アエネーイス』同様、トロイアの英雄のその後を描く叙事詩『オデュッセイア』で主人公を助けた心優しい王女・ナウシカアに由来するのが、宮崎駿氏の『風の谷のナウシカ』である。

 (3)治世の大半を遠征に費やし、ギリシャからアフリカ・インドにも及ぶ広大な帝国を築きつつも、32歳で没したアレクサンドロス。3世紀ごろに成立したと考えられる本書は、そんな彼の英雄的事績を虚実入り交ぜて記した物語。中世ヨーロッパにおいて広く親しまれ、いわゆる「歴史小説」とは少々趣を異にするが、歴史の中の物語を楽しんできた過去の人々の姿までが垣間見える1冊である。=朝日新聞2020年10月17日掲載