ブルース・チャトウィン [著]ニコラス・シェイクスピア

 軽い。四六判で900ページ近い大冊なのに、手にすると意外なほど軽い。その意表をつく量塊感と軽みとが、本書の描く作家の生涯によく見合う。
 ブルース・チャトウィンは1970年代から80年代を「彗星(すいせい)のように」という決まり文句さながらに駆け抜けた英国作家である。
 小説家としては寡作短命で、生前は世界を渉猟する紀行作家と呼ばれたが、48歳で亡くなった後に真価が認められ、いまではデビュー作『パタゴニア』から没後に刊行された『どうして僕はこんなところに』まで、ほとんどの作品が邦訳もされている。その繊細さと剛直さ、空想癖、そして奇想と端正、放縦と高潔が同居する作風は、ある種のいびつな気品で読者を魅了してやまないのである。
 本書は40年生まれのチャトウィンのひとまわり以上年下の友人による伝記だが、4代前の先祖までたどった取材の厚みを通して、稀有(けう)な個性の長からぬ生涯が、どこか果てしなく茫漠(ぼうばく)たるものに見えてくる。
 「人間は絶滅を逃れるために語る」と手帳に記した作家は華やかな饒舌(じょうぜつ)とあふれる才気で人々を魅了し、S・ソンタグをして「女性も男性も、みなあれで参ってしまう」といわしめた。その一方、「偽善者で、気障(きざ)で、うるさ型でありながら」「自分をさらけ出して人に尽くす心遣い」を指摘した知人もいたという。
 実のところその博識は独学と聞きかじりの半ばするもので、青年期に有能を認められたオークション会社サザビーズの美術鑑定士としての眼力も、学識というよりは直観と集中力のたまものだったらしい。
 とすればこうした人物は、サギ師でなければ物語作者になるほかない。そしてその作品ばかりは単なるほらとは違う、誰をも歓迎する献身の産物だったと著者はいう。「透明で夾雑物(きょうざつぶつ)がなく、噓(うそ)のように清澄な作品を書きながら、チャトウィンの実像は計算ずくの不透明」だったのだ、と。
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 Nicholas Shakespeare 1957年生まれ。作家。著書に映画化もされた『テロリストのダンス』など。