人はなぜ憎しみあうのか 「群れの生物学」(上・下) [著]マーク・W・モフェット

 哺乳類の存在は、動物がいかにして社会的関係から利益を得るのかを考える時の出発点になるという。人類も哺乳類として進歩を遂げてきたからだ。それが本書の中心テーマと著者は指摘する。著者はもともとはアリの研究を進める生物学者で、生物学全体に目を広げて人は他の生物とどのような違いがあるのか、その社会構造の発展、社会的心理を探ろうと試みた書。タイトルは人の特性を端的に表している。
 例えばアリは社会性昆虫だが、人間になぞらえることができる。ハキリアリは人間以外のどの動物よりも複雑な社会を持ち、あまつさえ農業を営む。大きな巣には数百万匹がすんでいる。兵隊アリ、働きアリなど全てが分業化され、ゴミ処理班から空気の循環係までいるそうだ。ところが個々のアリは他のアリを全く認知しない。匂いが仲間のしるしである。他の生物の匂いを身につけたアリはたちまち殺される。
 こうした生物の生態をいくつか語りながら、人類はどのような意識で社会を構成し、一人の人間の心理がどう形成されているかが説かれていく。実は人類以外でも集団の意思で決定する民主主義的手法がある。ミツバチは新しい巣を作る場所の選定は投票に似た手法を用いる。
 本書の後半は国家、民族など人類の歴史行動を分析しつつ、生物の存亡に触れながらその行動の意味を解く。ハイイロオオカミなどは社会間の対立は残酷な暴力という形をとるが、人間社会が暴力に行き着く運命にあるのかを見るときの参考として検証すべきだというのである。幾つかの事実を踏まえて、著者は「独裁者が機能不全な国家を一時は維持しても、集団への愛着がほとんどない人民はあまり献身的でも勤勉でもない」との見方を肯定する。
 本書の読み方は多様だが、生物の作る存亡の構造を私たちの将来に重ね合わせて考えるのが著者の意に沿うように思われる。
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Mark W. Moffett 米スミソニアン自然史博物館研究員。著書に『カエル』『アリたちとの大冒険』など。