戦争前のような気配、沈黙は認めること

 関東大震災後の混乱のさなか、ひとりの女性が憲兵に虐殺された。女性解放運動家の伊藤野枝(のえ)。2人目の夫・辻潤との間に2子をもうけたのちにアナキスト・大杉栄のもとに走り、さらに5人の子を産んだ。村山由佳さんの『風よあらしよ』(集英社)では、自由を求めて闘い、恋に身を焦がし、ついには非業の死を遂げた彼女の短く激しい生涯を描く。

 村山さんにとって、初めての評伝小説。「野枝とは、性格は真逆なんですよ。思ったことが言えないのが私の悩みですけど、彼女は端から口に出す」
 それなのに、「なんでこんなに」と思うほど、その時々の恋人から言われる言葉、家庭の温かさと思想の厳しさの間で揺れる心情、様々な人生の節目で重なり合うものを感じていた。「彼女のように生きることは無理なのだけれど、人生をなぞることで自分のこれまでを振り返ることができた」と話す。

 野枝は通っていた女学校の教員だった辻からフェミニズムを吸収し、平塚らいてうから「青鞜」の編集を引き継ぎつつ、評論や小説を精力的に執筆。後には、大杉の活動を同志として支えた。「言葉を超えて、体で思想を生きていた」

 子どものおしめを縁側で振って汚物を落としてはまたあてがい、周囲を驚かせた。辻を捨て、子を捨ててまで大杉と夫婦になったという悪評から、いつしか平塚とさえ、たもとを分かつ。時代は徐々にきな臭くなり、2人には尾行の巡査がついて回り、大杉が警察署に勾留されることが増えた。そして関東大震災を迎える。

伊藤野枝(1895〜1923)

 書き進めるうちに、時代が物語に近づいてしまったと感じている。「この国がどんどん100年前、戦争前のような気配を帯びてきたのがちょっとぞっとしない」

 大杉が受けたような弾圧が、きょうあすに起きるとは思わない。「でも、どんな国家的な過ちも、分岐点は自分がその渦中を生きている時はまず見えない。だから物事が本当に言われている通りなのか、自分の頭で疑い、判断したい。シベリア抑留が長かった父の置き土産だと思っています」

 「ノンポリ」を貫いてきたが、このごろはツイッターで時折、政治的な意見を発信するようになった。その怖さを感じている。それでも発信することにしたのは、野枝や周りの人間について書き進める中で、「沈黙は認めてしまうことになる」という考え方が少しずつ、体に入りこんでいったからだという。

 「皮肉と冗談にまぎらせて冷笑したり、相手の反論を答えずに封じてしまったりすることで自分は一段上にいるんだというマウンティングの形が、本当に私は嫌いです。いまのお上の人たちに通じるところだと思います。世間全体もなんとはなしにそういう空気がある。真剣にしか訴えられないことがこの世にはあるんです。ちょっとへたれな自分が出るたびに、野枝ならどうしたかなと考えています」(興野優平)=朝日新聞2020年11月18日掲載