甘いバナナの苦い現実 [著]石井正子/フィッシュ・アンド・チップスの歴史 英国の食と移民 [著]パニコス・パナイー

 食のいまを深く考える必読の二冊である。そう、食はあまりにも浅く考えられすぎてきたのである。
 バナナを食べる日本人に覚醒を促すこの本に、まず手を伸ばそう。
 バナナの残留農薬が心配で先端一センチを切って子どもに食べさせる日本の親の声が最後に掲載されている。子どもの健康を守りたいという親の気持ちはわかる。だが、考えが浅い。本書で指摘されるように、フィリピンのミンダナオ島のバナナ農園に飛行機で散布されている農薬には、皮を浸透するものも検出されており、子どもの身体が安全である保証はない。
 それだけではない。先端を切っただけでは、農薬の霧をかぶりながら学校に通う農園の子どもたち、農場労働者たちの皮膚がかぶれたり、病気になったりする現実は、その親の頭に浮かばない。しかも複数の農薬の「カクテル」なので農薬と健康被害の対応関係が調べにくく、裁判に訴えても法的規制まで行き着きにくいのだ。
 そして、私たちがフェアトレードや無農薬バナナを購入し、それが現地との交流を深めたとしても、日本の商社の強い影響下にあった現地企業で、ストライキをした労働者が不当に解雇されたり、偽装請負がなされたりする現実はなかなか変わらない。
 本書の目的は読者の知識を増やすだけではない。読者の他者との生き方を試すのである。私は心の試練に慄(おのの)いたが、それでも考え、行動する勇気を与えてくれる。どれほど劣勢になろうと多国籍企業の不正義に苦しむ人々に寄り添い、現地調査を深め事実検証に時間を費やした本書に敬意を表したい。
 英国のフィッシュ・アンド・チップス(以下、F&C)の歴史書もまた、別の意味で魂を揺さぶる。
 F&Cは現在、英国の「国民食」と言われている。日本の寿司(すし)や天ぷらに近いかもしれない。だが、衣をつけて魚を揚げる料理はユダヤ人の食文化に由来し、南米原産のジャガイモを揚げる料理の発祥地は英国以外の国も候補にあげられる。熟鮓(なれずし)文化が東南アジアの水田地帯を起源とするように、しばしば「国民食」は、他地域の食文化との混交によって成立する。
 もともと、フライドフィッシュとその店から漂う独特の臭いは、ヴィクトリア朝期、ユダヤ人差別の象徴であった。揚げる労働者たちは、キプロスやイタリアからの移民で、食べるのも労働者たちなので上層中層からは軽蔑の目を向けられてきた。
 だが、それでもF&Cはずっと英国のエスニシティーや階級の固定的なイメージをほどきながら、英国始め多くの国の胃袋をやんわりと支えてきた。食の歴史研究と食そのものが持つポテンシャルをともに教える、そんな本である。
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いしい・まさこ 立教大教授(フィリピン研究、紛争研究)。『女性が語るフィリピンのムスリム社会』。▽Panikos Panayi 1962年生まれ。英デ・モントフォート大教授。『近現代イギリス移民の歴史』。