お話を聞いた⼈柿木原政広(かきのきはら・まさひろ)アートディレクター

1970年広島県生まれ。2007年に10(テン)を設立。東京ADC会員。主な仕事に、singingAEON、R.O.U、藤高タオルのブランディング、角川武蔵野ミュージアム、 静岡市美術館、NEWoMan横浜、信毎メディアガーデンのCI、美術館のポスターを多く手がける。 カードゲーム「Rocca」をミラノサローネに2012年から出展。

懺悔の気持ちで作った絵本

――「ぽんちんぱん」ってどんなパン? おいしそうなパンの写真が並ぶこの絵本は「ぱんぱん しょくぱん ぽんちんぱん」とリズミカルに語り掛けてくる。子どもなら思わず手を伸ばしてしまいそうな食パンは、次のページでは「ちぎちぎ ぱっぱで ぽんちんぱん」と、指でつまみぐいされた跡がついていて……? 福音館書店の0〜2歳向けのシリーズとしてこの作品を描いたのは、アートディレクターの柿木原政広さんだ。

 この絵本を作ったのは、2人目の子どもが生まれたときでした。ドラフトというデザイン会社から独立して、自分の会社をたちあげて2、3年目。当時は本当に仕事ばっかりしてたんですよ。子どもの教育は妻にまかせっきり。子育てにまったくタッチしていないこの父親が、懺悔の気持ちで作った絵本が『ぽんちんぱん』でした。

 ぼくは、どこかで「お母さんってずるい」って思ってたんです。子どもが最後に求めるのはどうしてもお母さんの安心感なんだと感じる場面が多かったのもあります。それによくよく考えたら、お父さんが読み聞かせできる絵本が少ないと感じていました。いまでこそイクメンと言われて、読み聞かせが上手なお父さんもたくさんいますけど、自分なんかは物語を子どもっぽい声で読むなんて照れくさくて。でもこの絵本ならあんまり気にせず、語感の勢いだけで「ぱんぱんしょくぱん、ぽんちんぱん」って言えるでしょ。父親代表として、お父さんも恥ずかしいことなく読めるものを意識して作りました。

『ぽんちんぱん』(福音館書店)より

『ぽんちんぱん』(福音館書店)より

――「ぽんちんぱん」の語頭に○をつけたり、ページごとにわずかずつ文字の色が違ったりと、絵本の中にデザイナーならではの技が見える。絵本をデザインすることについては、どんな考えを持っているのだろうか。

 絵本は、自分の中のデザイナーの欲を出さないようにしようと思って作りました。普段の仕事でも、クライアントの要望に応えるためには、お客様という社会に受け入れられるデザインが求められます。そういうとき、「デザインでかっこよくしてやろう」というエゴが見えない方がいいと思っているんです。デザインは、透明なほどいい。

 この絵本でも、そういう欲の要素を全部削ろうと思って、教科書に使われる書体をベースにしました。でもそれだけだと、ちょっとだけ味気なくて。それで「ぽんちんぱん」という言葉のリズムが感じられるように、トントントンとはずむような音を誘導する文字組みにしました。それにこの文章を横にただ並べただけだと、変化がつきづらいので、「ぽ」に○をつけました。本当に欲をなくして、デザイン的なテクニックだけを入れた結果、こういうふうになったという感じですね。

 パンの顔は、できるだけシンプルにしました。初期のものは、耳と鼻をつけて動物の顔にしたものもあったのですが、これは「やりすぎだな」って。大きさの間合いが丁寧すぎたので、もっと無造作にしたほうがいいと思いました。食パンをちぎりすぎて、かわいくなくなったことも。結局シンプルに穴をあけたフランスパンが一番よくて、絵本の中でも気に入っています。ドーナツはいろんな種類を撮ったんですけど、粒々がある方がおもしろくて、ちょっとニキビすごいなとか(笑)、人に見立てて連想できるようにしています。

 写真は自分で撮っていて、あえて暗いところで感度を上げて撮影しました。感度を上げるとざらっとした質感が出てくるんです。写真の生っぽさがちょっと減って、まるで絵に描いたようなフラットな質感を作っていきました。

人のつながりを作るデザイン

――柿木原さんは、いままで企業のブランディングや、映画祭、美術館など、さまざまなアートディレクションを手掛けてきた。そこから絵本を制作するようになったのは、「子どもの教育」をデザインすることを考え始めたからだという。

 幼稚園のデザインに関わって、ロゴや卒業証書を作る仕事もしているので、子どもの教育に対しては興味があったんです。でも10年前は、付加価値をつけたり、自分を背伸びさせて見せるものがデザインと思われていて、そこに違和感を感じていました。幼稚園のロゴを作っても、なんだかかわいすぎて自分が迎合しすぎているんじゃないかと悩んでいたんです。でも幼稚園の本質は「子どもが笑うこと」。お母さんが子どもを見てかわいいと思う、その笑った顔を見て子どもが安心する、このつながりが大事なんだと思ったときに、あ、かわいくていいんだ、かっこよくやんなくていいんだ、と思ったんです。本質的な人のつながりを作ることこそ、デザインでは重要なんだなと思いました。

 そんな折に、カメラマンの山本尚明さんが作っていた『とまとさんのあかいふく』(福音館書店)という写真絵本に関わる機会がありました。そこで会った福音館書店の編集さんがおもしろいこと言ったんですよ。「赤ちゃん絵本は現代アートと一緒だ」って。要はオチは大事ではない、提案するだけでいい。それはおもしろいなと思って。物語は描けないけど、親や子どもに提案するデザインならできる。最後を読者に委ねるものでいいなら、作ってみたいと思いました。

――『ぽんちんぱん』の後、柿木原さんは『ひともじえほん』『かげええほん』『おっととっと』(福音館書店)などの絵本も制作。絵本をコンセプトから作り上げていくことに、いまも意欲的に取り組んでいる。

 もっと絵本を出したいというより、単純に、福音館書店という出版社が好きになっちゃったんですね。絵本の出版社なのに、キャラクターのグッズ展開を大々的にやらないんです。絵本はビジネスのツールじゃないからって。他の出版社はグッズ展開が当たり前なのに、そこの意識が根本的に違っていていいなと思いました。あえてやらないことによって生まれている空気感を大切にしているところが、めちゃくちゃ魅力的でした。それで絵本を思いついたら、一方的に福音館に提案するということをやっています。それに『かげええほん』を作ったときかな、この出版社に行ったことがありました。たまたまお昼休みの時間になったとき、どこからかカンカンカンという音が聞こえたんです。行ってみたらなんと卓球してるんですよ、「昭和か!」って(笑)。おもしろいですよね。

 福音館書店から出した『ひともじえほん』と『かげええほん』は、大人たちが大真面目に本気で人文字や影絵を遊んでいる絵本です。「こんな大人になっても大丈夫なんだ」って安心するっていう作品ですね(笑)。北斎漫画などの浮世絵の中にも、絵遊びを大人が本気で遊んでいる感じがたくさん残っていて、そういった流れを組んだ上で世界観を作っています。2021年の夏頃に『うごきえほん』という新作が出る予定で、「あるく」「なげる」「もつ」などのいろんな動きを楽しむ絵本を企画しています。

 絵本はライフワークに近いというか、自分が普段思っていることを落とし込むような感覚で作っていますね。いまも提案している絵本の企画はあるんですけど、真面目な親御さんに叱られそうなことを、子どもの探究心としてどう見せていくかが課題です。お母さんだけの視点ではない、お父さんや子どもの興味やときめきも伝えていきたいですね。