17歳で出演した『オズの魔法使』で、見事な歌唱を披露し、1969年に亡くなるまで世界中のファンを魅了したジュディ・ガーランド。以後、『イースター・パレード』や『スタア誕生』などで、スポットライトを浴び続ける一方で、私生活は波乱に富み、47歳という若さで、ドラッグの過剰摂取により、この世を去った。そんな光と影を背負った人生を歩んだ彼女の最期の日々を描いたのが、『ジュディ 虹の彼方に』だ。演じるのは、『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズで脚光を浴び、『コールド マウンテン』(03)でアカデミー助演女優賞を受賞したレネー・ゼルウィガー。子供のときからガーランドがアイドルだったという彼女は、ステージのシーンを口パクではなく、自身で歌いきったというから驚きだ。


レネー・ゼルウィガー

「最初はもちろん怖かったし、なんとか自分で歌わなくて済むようにしたかった(笑)。でも舞台畑でやってきたルパート・グールド監督にとってパフォーマーとオーディエンスの生の交流はとても大切なものだった。だから何カ月もかけて練習したわ。絶対無理と思ったときも、監督や周りのスタッフに励まされ、少しずつ歌うことを身につけてきました。

 それにこの映画で描かれているのは、ジュディが死ぬ直前、ロンドンで最後に行った公演の日々。若いときとは異なり、彼女の体は薬物でぼろぼろで、十分な睡眠も栄養もとっていなかった。“完璧な歌唱”であることが重要ではなかった。その一方で、彼女のパフォーマンスは若い頃では表現できなかった深みを得ていた。それを体現するのはとてもエキサイティングだったわ」

 子役からハリウッドで活躍していたガーランドは、減量やオーバーワークをこなすため、スタジオから強制的に睡眠時間や薬物のコントロールを受けていたという。そんな生活が続き、後年は情緒不安定による浮き沈みの激しい日々を送った。

「当時のハリウッドでは、そんなことがまかり通っていた。映画というものが、いまとは異なる影響力を持っていたのだと思う」

 じつはゼルウィガー自身、2010年から6年間も休業をしている。理由は自分がすり減っていくように感じたからだという。

「ふつうの生活をして、もっと自分自身の面倒を見ることが必要に感じられたの。もちろん仕事に恵まれていたことは、ハッピーだと思っていた。でも離れてみてわかったのは、いかにカオティックで、非人間的なペースだったかということ。でもそのような経験を経たことで、この役に10年前ならできなかったものをもたらすことができたと思う」

 果たして、本作で、ゼルウィガーはみごとアカデミー主演女優賞を獲得した。スポットライトのもとで、まるで彼女とガーランドがシンクロしたかのようなその圧倒的な演技は、栄光と悲劇に見舞われた稀有な才能に対する、感動的なオマージュと言える。

Renée Zellweger/1969年、米テキサス州生まれ。『シカゴ』でアカデミー主演女優賞に2度目のノミネート、『コールド マウンテン』でアカデミー助演女優賞、『ジュディ 虹の彼方に』で主演女優賞を受賞した。

INFORMATION

映画『ジュディ 虹の彼方に』
https://gaga.ne.jp/judy/

(佐藤 久理子/週刊文春 2020年3月12日号)