とにかく、ノーガードで『岡崎に捧ぐ』を読んでしまった。びっくりするほど久しぶりにグハグハ笑って、久しぶりにチョロっと泣いた。

 僕はこの漫画が大好き。登場人物も大好き。恥ずかしいくらい、好き。こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう。


撮影・上出遼平

自分にも岡崎さんのような存在がいたような気がする

 物語は小学生の山本さんがクラスメイトの岡崎さんと出会うことから始まる。

「例えばクラスで仲良くなりたい人を順に並べるとする。堂々とその最下位にいたのが岡崎さんという人だった」(『岡崎に捧ぐ』1巻より)

 山本さんはそんな岡崎さんの家に、おかしな成り行きで単身乗り込むことになってしまう。

 お化け屋敷と見紛う外観。足の踏み場もないほど雑然とした中にぬるりと現れる裸の岡崎父。むき出しの殺意を向けてくる岡崎妹。ワイン片手に浮世離れした所作で迎えてくれる岡崎母――。魑魅魍魎の跋扈する怠惰な世界。混沌の玉手箱。

 そして山本さんはその夜のうちに、そこが自分の居場所であることを知り、岡崎さんは山本さんこそが自分の人生の主役であると確信する。こうして二人っきりの世界が始まって、愉快なゲストを迎えながらコロコロと転がる。中学生になり、高校生になり、社会に出て、それでも二人はニコイチである。

 

 この作品を読むと、自分の過去を誰かに話したくなる。不思議な気分だ。自分にも岡崎さんのような存在がいたような気がする。はっきり誰とは思い出せないのだけれど。

 作中のエピソードにあるように、自分にも小さな嘘を誰かと共有して、そこに特別な関係が生まれたことがあったような気もする。どうしても欲しい何かを求めて、夜明け前から商店の前に座り込んだことさえ、僕の経験に思えてくる。いや、きっと僕もそういう類のことをしたに違いない。

 謝りたいのに謝れなかった悔しさも、どうしようもない自分のせいで母親を泣かせてしまった虚しさも、2駅先まで冒険に出かける高鳴りも、ここに書かれているのはぜんぶ自分の話。

 だから、つい語りたくなる。自分の記憶の片隅にあるあれもこれも全て物語だったんだと、認めてもらえる気がして。

  正直に言って、『岡崎に捧ぐ』の神回は今パッと思い出せるだけでも15個くらいはある。たった5冊で完結だっていうのに。

 だから先に言っておきたい。ここで僕が話したことによって作品の魅力が一つでも伝わったとするなら、その奥にもう99個は魅力が隠れている。もし魅力が一つも伝わらなかったとすれば、それはひとえに僕の表現力の問題だから、是非一冊買って僕の力のなさを確認してほしい。