88歳の思想史家・渡辺京二が語る「作家・石牟礼道子の自宅に通った40年」

 作家・石牟礼道子さんが、2018年2月10日未明3時過ぎに亡くなってから1年が経つ。


石牟礼道子氏 ©共同通信社

『椿の海の記』『西南役伝説』『春の城』『天湖』など、数多くの作品があるが、なかでも『苦海浄土 わが水俣病』は、1969年の刊行時から反響を呼び、2011年には池澤夏樹さん責任編集の「世界文学全集」に日本人作家の長編として唯一収録された。

 当初『海と空のあいだに』と題されたこの小説の原稿を郷土文化雑誌の編集者として受け取ったのが、評論家・思想史家の渡辺京二さんだ。

「調子が狂ってしまいました」

 その後、半世紀以上続いた、ふたりの関係。それは、単なる「作家」と「編集者」という関係に留まらなかった。

「私は、長年、彼女の仕事の手伝いをしてきました。手伝いとは、要するに、彼女が執筆する環境を整えること。原稿の清書から、机上の片付けや部屋の掃除、通信物も自分で開ける人ではないからその処理まで、とにかく一人でほったらかしておくわけにいかない人でした」

「彼女の原稿は、いつも大量の書き損じが出るんです。スッとはいかない。一度清書しても、またそれをメチャクチャに直すから、また清書し、またメチャクチャにするから、また清書し……。だから、その清書を誰かがやらなければいけない」

 石牟礼さんがパーキンソン病を発病してからの約15年間は、食事をつくるために、ほぼ毎日、彼女のもとに通ったという。それだけ石牟礼さんは、渡辺さんの日常から切り離せないものとして存在したのだ。

「石牟礼さんが逝かれてからというもの、調子が狂ってしまいました。生活のリズムがすっかり変わり、体調までおかしくなったのです。彼女の心配をするようになってから約40年。40年ぶりに1日が全部自分のものになって、かえって戸惑ってしまったのです。私はもう88です。この歳なので、彼女の心配をすることが、気持ちの張りになっていたのでしょう。彼女が亡くなってから急に体力が落ち、生活のリズムも変わり、慣れるのが大変でした。今はもう慣れたのか、まだ慣れていないのかよく分かりません」


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