元農水次官の熊沢英昭被告が長男を殺害した罪に問われている事件の裁判で、検察側は懲役8年を求刑した。弁護側の主張や妻の証言によれば、熊沢被告は、長男の家庭内暴力だけでなく、妻のうつ病や娘の自殺など複数の深刻な問題を抱えていたという。法廷で「本当に殺されると思いました」と語った熊沢被告、そして一家の実像を報じた「週刊文春」2019年6月13日号の記事を再公開する。なお、記事中の年齢や日付、肩書き等は掲載時のまま。

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 44年間育てた我が子を数十回も刺し続けた時、父の胸に去来したのは恐怖か、悔恨か、それとも、4日前に起きた惨劇の二の舞を防いだ安堵だったか。その時、母は何を思ったか――。“華麗なる一族”の長男が率いた一家が血の海に呑まれるまでを総力取材で描く。

 農林水産省の元事務次官・熊沢英昭(76)の実妹は、みずからを納得させるように頷き、固く唇を噛んだ。

「兄は武士ですよ。追い詰められて、誰かに危害を加えてはいけないから最後は親の責任で(長男の殺害を)決めたのでしょう。それは親にしかできないことです」

 そして兄の苦悩の日々をこう代弁するのだ。

「私たち兄妹の仲は本当に良くて、お母さんと英一郎くんがうまくいっていないのは知っていました。でも、兄は私たちに詳しい話はしませんでした。兄はお母さんと英一郎くんの仲を取り持とうと、一番近くで頑張っていたんです。『母と一緒に暮らすとうまくいかない』といって、実家を離れさせていても、兄は英一郎くんと食事に出かけたり、電話をしたり、本当に気にかけていた。それが、先日の川崎の事件をみて、結局こういうことになってしまった。本当に武士ですよね……」

“修羅の家”で一体何が起きていたのか――。


警視庁練馬署から送検される熊沢被告

「子供らをぶっ殺すぞ!」

 6月1日、東京・練馬の区立小学校は、児童たちの歓声で沸いていた。校庭に隣接する一軒家で怒号が響いたのは、同日午後。

「運動会の音がうるせえ。子供らをぶっ殺すぞ!」

 一家の大黒柱である英昭は、1階のパソコン機材に囲まれた“要塞”で寝そべる無職の長男・英一郎氏(44)を厳しくたしなめた。同時に、常日頃から「殺すぞ」と連呼する英一郎氏の姿に、ある事件の容疑者を重ね合わせていた。

 遡ること4日前の5月28日。無職・岩崎隆一(51)が川崎市の路上で私立カリタス小学校の児童ら20人を殺傷し、自殺を遂げた。英昭の中で、十数年にわたって引きこもり生活を続けた末に惨劇を起こした岩崎と、目の前の息子の姿がダブって見えた。

 午後3時40分。英昭は台所にあった刃渡り約20センチの洋包丁を握ると、凶行に及んだ。

「英一郎氏の胸部に包丁を突き刺したのです。倒れた後も執拗に刺し続け、直後、『息子を殺した』と110番通報。練馬署員が駆けつけると、英一郎氏が血の海の中で仰向けに倒れていた。病院搬送後、死亡が確認されたのは約1時間後の午後4時47分。司法解剖の結果、死因は首を深く切られたことによる失血死でした」(社会部記者)