15年に創設された石破派は19人止まりだった ©文藝春秋

 自民党の石破茂元幹事長(63)が10月22日、石破派(水月会)の会長を辞任した。理由は9月の総裁選での惨敗。菅義偉首相圧勝の流れができ、派内に非戦論も出る中、出馬を強行。結局、岸田文雄前政調会長にも敗れて最下位になった。石破派は「石破首相を作るためのプロジェクト」(派のベテラン)だっただけに、領袖退任は、石破氏の首相挑戦終了を意味する。

「自民党内の対立軸だった2人が一斉に表舞台から退いたことで、党内抗争は激しさを増す」(政治部記者)

 2人とは石破氏と安倍晋三前首相のこと。石破氏は、安倍政権を表立って批判してきた党内唯一の実力者。対する安倍氏は「石破だけは首相にさせない」と蛇蝎のごとく嫌ってきた。安倍氏は岸田氏を後継の本命に考えてきたが、「総裁選で岸田は石破に勝てない」と判断したからこそ菅政権誕生に加担した。「菅政権を生んだ原動力は、安倍氏や麻生太郎財務相を筆頭とした党内主流派の『石破憎し』の感情だった」(同前)。党内政局の軸だった2人が退場し、野党の支持率も上がらない停滞ムードの中、自民党の各派は「石破派へのリクルート合戦を開始した」(党関係者)。そもそも「石破派にはいい人材が揃っている」(同前)。