絵を見る技術とは? あなたは「美しい」「すごい」以上の言葉で表現できるか


『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』(秋田麻早子 著)

 絵を見るのは好き、だが“美しい”“すごい”以上の語彙で感想を表現できず、もどかしく思われている読者諸賢も多いのではなかろうか。ちゃんと絵画を鑑賞したい、そんなニーズに応える本が登場した。秋田麻早子さんの『絵を見る技術』は、線や色彩、構造などの「形態」から絵画にアプローチする方法を提示する。

 秋田さんは趣味で日本画を描く祖母に連れられ幼い頃から美術展に通いつめ、また描くことも好きだった。

「岡山の高校を卒業して渡米し、テキサス大学で6年半、美術史を学びました。アケメネス朝ペルシアを専攻したのですが、向こうでは古代から現代までの東西美術の歴史をひと通り叩き込まれます。日本に戻り、美術ブログを書いていたら面白がってくださる方がいて、その縁で、カルチャー講座で絵の見方について不定期に教え始めたところ、19歳から70代まで、かっこいい美容師さんから銀行のおエライさんまで、多彩な生徒さんが聴きにきてくださいました。絵をちゃんと見られるようになりたい、というモヤモヤが日本全土を覆っている、と確信しました(笑)。聴講してくれていた美術好きの編集者さんと意気投合し、この本が生まれたわけです」

 本書ではまず絵を見るプロ、ジェニファー・ロバーツというアメリカ絵画の専門家が、1枚の絵から何を読み取っていったかが紹介される。読者も一緒に、ジョン・シングルトン・コプリーなる18世紀のアメリカ人画家の出世作『ヘンリー・ぺラムの肖像』をよく観察するよう促される。少年が画面左側を向き机に寄りかかり、手に鎖を持っている。机の上には水の入ったコップ、その脇でモモンガが何かを一心に食べている。非常に写実的ではあるものの、どこに面白味があるのか最初はよく分からない。が、読み進めていくと、画の中で反復される相似形、水・金属・動物などの様々な質感など、この作品を名画たらしめている仕掛けや画家の力量が分かってくる。

「あえて一見詰らなそうな絵をはじめにもってきました。またコプリーもですが、日本で無名だけれど欧米の美術史では外せない画家も意識的に選んでいます」

 第1章では絵の主役「フォーカルポイント(焦点)」の見つけ方について、続く章では目を絵の四隅まで巡らせる、名画の視線誘導の工夫について、別の章では物質としての絵の具の歴史と切り離せない巨匠たちの色遣いについて、終盤では名画における人やモノの絶妙な配置について、目が覚めるような講義が続く。

「絵画鑑賞が難しいのは、ある程度慣れないと、名画を成立させている複雑きわまりない状況を掴む取っ掛かりを見つけにくいから。だから、本来は切り離せないものですが、作品を線、構造、色などの要素に分解し、それぞれに注目して見ていく訓練をする。本当は私達が一目見て感じ取っていることを、あらためて一つ一つ分析していくことで、やがて再び、全体を深く味わえるようになります」

 最終章では、17世紀の巨匠ルーベンスの宗教画と家族を描いた肖像を見せて、〈すごい絵〉と〈好きな絵〉は違うこと、そして好きではなくても名画と言われるものの〈すごさ〉が理解できるということは大切であること、同時に自分の〈好き〉を知ることは極めて重要であることが語られる。

「自分の好きな絵ぐらい自分で決めていいし、同様に自分の好みとは違うものも適正に評価出来るようになれば、真っ当な議論が成り立ちます。それが自由で民主的な社会の土台である、と私は信じているんです」

あきたまさこ/岡山県生まれ。2002年テキサス大学オースティン校美術史学科修士課程修了(MA)。専攻はメソポタミア美術。2015年よりビジネスパーソンの学習の場・麹町アカデミアで「絵を見る技術を学ぼう!」を不定期で開催。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年8月8日号)


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