『マグロの最高峰』(中原一歩 著)

 妻の伊藤理佐の取材につきあい、ミシュランガイドに載った高級寿司店に行ったことがある。

 季節は冬だった。その店で、記憶は定かではないが、たぶん大間産の最高レベルの本マグロを口にしている。

 それが私の、今までで最高のマグロ体験だ。

 そもそもどちらかというとトロ方面より赤身が好きだし、「大間のマグロ漁スペシャル」みたいなテレビ番組も見たことがない。

 そんな、あまりマグロ愛というかマグロ欲がない人間なのだが、この本はたいへんおもしろかった。

 プロフェッショナルの話というのは、どんなジャンルでもおもしろい。漁師、仲買人、寿司職人。初競りの最高級品を超高額で落札するチェーン店オーナーの話に至るまで、すべて楽しく読んだ。

 もっとも興奮したのは、大間の漁師の「釣り上げたばかりのマグロの体温は40度くらいになる」というところ。

 ネットで調べたら、マグロの体温は平常時でも水温より5〜15度ぐらい高いらしい。それが一本釣りの漁師と長時間のバトルをするのだから、ハアハアいって汗だくになってるような状態で上がってくるわけだ。釣り上げたらすかさず大量の氷で冷やす必要があるのはそのためだという。

 魚の体温なんて意識したこともなかったが、あらためて「当たり前だけど、サクで泳いでるわけじゃないんだよな……」ということに気づかされる。生き物の命をいただいているのだ。

 生き物だから、卵を産まなければ子孫を残せない。なのに、大手資本による、若魚や産卵前のマグロをも一網打尽にしてしまう巻き網漁が存在するという、気が沈む現状の一端も知ることができる。

 津軽海峡の冬場のマグロは、イカを食べて良質な脂を身につけ、最高レベルに育つのだという。

 塩辛などで楽しんでいるスルメイカの肝が、本マグロのトロに結びついているなんて、想像もしたことがなかった。マグロにはマグロの「生」がある。

 そして、つい最近まで大衆魚だった北海道産のイカが、魚売り場に安価で並ぶ様をとんと見かけなくなっていることに気づき、心配な気持ちになるのだった。

 しかし、人生のどの局面でも常に思うことだが、あきらめたらそこで試合は終了である。持続可能な漁業に対して、あきらめていない多くの人々がいるということも、この本は教えてくれる。

 日常的に親しんでいる回転寿司の赤身や鉄火巻きをはじめ、これからも様々なマグロを、海中のその姿に思いを馳せながら、おいしくいただいていきたい。

 いい年していまだに「予約して食事に行く」ことが苦手なのだが、街の寿司屋さんにがんばってもらうためにも、たまには重い腰を上げようと思う。

なかはらいっぽ/1977年、佐賀県生まれ。新聞、雑誌などで記者として活躍。著書に『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る』『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』などがある。
 

よしだせんしゃ/1963年、岩手県生まれ。漫画家。『伝染(うつ)るんです。』『おかゆネコ』『忍風! 肉とめし』など著書多数。

(吉田 戦車/週刊文春 2020年2月13日号)