「開成に通いながらタトゥーを入れました」異端のベンチャー社長が振り返る“名門男子校で味わった洗礼” から続く

 東大合格者数39年連続1位の開成中学・高等学校。その日本有数の進学校を卒業し、現在は退職代行を手掛ける「 EXIT株式会社 」の共同創業者として知られる岡崎雄一郎、30歳。

 高校時代には髪型をコーンロウにし、親に内緒で腰にタトゥーも入れたという“アウトロー”な青年は、順当に東大へと進学していく同級生たちからは離れ、卒業後は一人アメリカへ飛び、テキサス州立大学に留学した。

 当初は、高校時代とは正反対の“真面目な学生”として大学生活をスタートさせた岡崎だったが、現地で出会ったボクシングがそのリズムを狂わせていく――。(全2回の2回目/ 前編から続く )


 

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「はじめの1年は成績もオールAだったんですよ。最初は、授業も真面目に全部出て、席も一番前に座って、ノートを取って。授業が終わったらその教授を訪ねて、ここがわからなかったから教えてくれ、みたいなことをやっていて」

 高校時代、授業中はほとんど寝ていたという岡崎だが、テキサスでは一変して勉強熱心な学生生活を送っていた。その合間に軽い気持ちで探し始めたのが、ボクシングジムだった。「ボクシングって、なんかかっこよくないですか。それ以上のエピソードがなくて申し訳ないんですけど(笑)」。そして見つけたジムに入ると、岡崎はまたたく間にのめり込んでしまった。

「体を作るために朝走って、そのあとバスケして。それで昼間だけ授業に行って、終わったら自転車でボクシングジムに行って、そこから帰ってきたら、今度は大学のジムで筋トレをして……みたいなことやってると、それでもう夜の12時を回っちゃうんですよ。さすがにきつくて、昼間の授業では寝るようになったんです。そしたら、もちろん成績も取れないし、全部落としちゃって」

初めてのスパーリングで「ボコボコにされた」

 単身留学したアメリカで、それまで地道に築いてきたものを全て投げ捨てるように、岡崎の生活は“ボクシング一本”になっていった。そこまで熱中したのには、理由があった。当時の岡崎は、本気で「チャンピオンになれる」と思っていたのだ。

 ストイックに体を鍛え続けていたある日、彼は初めてスパーリングに挑戦する。「お前もそろそろやってみるか、と言われて。それでついに来たか、と思ってリングに上がったんですけど、ほんとに何もできなくて、ひたすら殴られるだけみたいな。ボコボコにされて、泣いて帰ったんですよ(笑)。でも、その翌日もちゃんとジムには行きましたね。いつかチャンピオンになれると思っていたんで」

 岡崎にとっては、「中高時代で一番勉強した」と語るほどの留学準備を経て、ついにたどり着いたテキサス州立大だったが、ボクシングが生活の中心になったことで、あっさりと退学を決意する。「アメリカに行ってこうしたいという明確な目標があったわけではなかったのが、失敗だったんだと思います。それが、辞めちゃう理由の1つだった」