食は人の営みを支えるものであり、文化であり、そして何よりも歓びに満ちたものです。そこで食の達人に、「お取り寄せ」をテーマに、その愉しみや商品との出会いについて、綴っていただきました。第10回はエッセイスト、小説家の阿川佐和子さんです。
◆ ◆ ◆
基本的に昼ご飯は食べない主義である。
そう宣言しておきながら、実は食べることもある。
「なんだ、食べてるじゃん!」
周辺の者たちに笑われること多々であるが、私の本音としては、「食べたくない!」のではなく、「食べてはいけない!」のだ。でもときおり、ランチで打ち合わせなんてことがある。「ちょっとここらで蕎麦でもいかが?」と誘われて断り切れないときもある。「軽くね……」と牽制しつつ、残すことなくしっかり完食してしまう浅はかな私なのである。
するとどうなるか。
お腹がいっぱいになる。
当たり前だが、私の場合、日が暮れてもなおお腹の重い状態が続く。ゆえに、晩ご飯への意欲が失せる。これが問題なのである。
つらい原稿を書き上げたあと、あるいは緊張するインタビューを終えたあと、自らへの褒美が晩ご飯なのだ。満を持して迎える楽しいひとときを、できれば空っぽの胃袋で臨みたい。そのためには昼ご飯を抜いたほうがいい。
コロナ禍において、外で昼ご飯のお誘いを受ける機会は減ったが、そのかわり、十二時の時報がなってまもなく、私の書斎のドアが開く。同居人の顔が現れて、
「昼めし、どうする?」
パソコンに向かっていた私は眉間に皺を寄せて振り返る。
「さっき朝ご飯、食べたばっかりじゃん!」
すると相方が言い返す。
「さっきのは朝ご飯、今は昼ご飯の話」
「私はまだお腹すいてないんですけど」
不機嫌な私に恐れおののくのか、同居人氏は弱気な態度で、
「いいよいいよ。自分で作るから」
あっさり退散する。そう言われると申し訳ないではないか。健気な妻は渋々椅子から立ち上がり、冷蔵庫をあさる。ネギとハムと玉子で炒飯を作るか。それともラーメン? あるいはきつねうどん? お揚げがないぞ。トマトスパゲッティかな。
こうして調理し、見事な(と自画自賛する)昼ご飯が出来上がってみると、つい興味が湧いて、同居人ともどもしっかり食し、案の定、お腹がいっぱいになる。だから食べたくないって言ったのに。