小説『 82年生まれ、キム・ジヨン 』(チョ・ナムジュ著、斎藤 真理子訳)やドラマ「梨泰院クラス」が日本国内でもヒットするなど、韓国の若者の“生き辛さ”への関心が高まっている。その“生き辛さ”から海外就職を考える若者が増加。実は、その就職先として、近年もっとも数が多いのがこの日本だという。日本就職に成功した2名の若者に安宿緑氏が取材した現地リポートをおくる。

※本稿は、『 韓国の若者 』(中公新書ラクレ)の一部を抜粋、再編成したものです。

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メガバンクに入行したリュさんの場合

 リュ・ヒョンジュンさん(仮名・20代・男)は、日本を代表するメガバンクの渉外課に勤務している。同行では数年前から外国人採用を始めており、韓国人の行員としてはほかに年上の女性がいる。

 リュさんは中学・高校とヨーロッパのとある国で過ごし、英語で授業を行う日本の地方大学の国際関係学部に進学した。

「ヨーロッパはあれ以上いたくなかったし、韓国の大学は新入生にお酒を飲ませすぎるのが嫌でした。そこで、なじみのある日本を選びました」

 リュさん自身は日本に来たことはなかったが、両親が日本好きで、ジブリのグッズや東京土産が常に家にあった。それでリュさんにとって、日本を身近な存在だと感じていたのだという。そして彼もまた、韓国のテレビで「ドラゴンボール」や「SLAM DUNK」を見た世代だ。日本で20年以上前に流行った歌やタレントの名前にやたらと詳しいため、職場ではよくからかわれているという。


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 ヨーロッパには母親と弟と一緒に行き、韓国には父親だけが残った。このように一人国内に残り、たまに家族と会うべく海外に飛び立つ父親を、韓国では渡り鳥である雁にたとえて「キロギアッパ(雁お父さん)」と呼ぶ。

 ただしそれができるのも、基本的に中流以上の富裕層であり、リュさんの父親も中小企業の経営者だ。しかし「父は稼いだお金のすべてを僕たちの留学費用に費やしているので、ほとんど財産は残っていません」。将来、家業を継ぐ可能性もなくはないが、今のところは日本でキャリアを積みたいといい、大学入学当初から日本での就職を目指し、大学在学中にJLPT(日本語能力検定)N1を取得した。