福島第一原発で、炉心冷却などのために生まれる高濃度の放射性物質を含んだ「汚染水」に、浄化処理を施した「処理水」。議論が進むその処分方法を巡り昨年、ある閣僚が社会に大きな一石を投じる発言をした。

「思い切って、海洋放出する」「それしか方法がないというのが私の印象だ」

原田義昭・前環境相(自民、衆院福岡5区)が2019年9月10日、環境相を退任する時の会見で語った言葉だ。以前からくすぶっていた処理水問題に対する関心を集めたと同時に、漁業関係者をはじめとする地元の反発も招いた。

それから半年。経済産業省の有識者会議が「海か大気への放出が現実的」とする報告書をまとめ、事態は発言通りに進みつつある。

BuzzFeed Newsは原田氏にインタビューし、発言の背後にあった思いと、処理水問題における、国と政治家の責任のあり方について尋ねた。

Yoshihiro Kando / BuzzFeed

原田義昭・前環境相


「このタイミングしかない」と考えたわけ

原田氏は2018年10月、環境相兼原子力防災担当相として入閣した。すぐに福島県知事や地元関係者らにあいさつに出向き、福島第一原発を視察した。

「環境相に就任した直後に現場のタンクを見て、どうするんだと思った」

Keiya Nakahara / BuzzFeed


原発敷地内を埋め尽くすように林立するタンク群を見て、原田氏は衝撃を受けた。

「在任中、これをどうするべきかというのが、常に頭にあった」

タンクに詰まっているのは、「処理水」と呼ばれる廃液だ。

東京電力・福島第一原発では、原子炉1〜3号機内に残る、事故により溶けて固まった核燃料(燃料デブリ)を冷やすため、常に水をかけている。この冷却用水や、原子炉建屋地下にあるすき間などに流れ込んだ地下水が様々な放射性物質と混ざり合い、人体に極めて危険な「汚染水」となる。

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ビーカーに注がれる処理水


東京電力は2013年から、汚染水を「多核種除去設備(ALPS)」などの浄化設備に通し、多くの放射性物質を取り除く処理をしている。そのプロセスを経たものが「処理水」と呼ばれる。東電は、処理水をすべてタンクに貯めて保管してきた。

タンク群を前に、原田氏は「これをどうするのか」と案内役の東電社員に尋ねた。

東電社員は「今後の見通しは立っていません。政府に決めていただくことになります」と答えた。

「『国務大臣』としての役割がある」

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福島第一原発に林立するタンク群


原田氏が視察した当時よりもタンクはさらに増え、2020年2月20日現在で1003基となっている。東電は、2022年夏には今後の増設分も含めてタンクが満杯になり、それ以上はタンクを敷地に並べられなくなると主張している。これが、政府が処分方法を検討してきた理由だ。

処理水には、トリチウムという放射性物質が含まれている。水素の仲間(同位体)で、放射線のエネルギーは弱く、原子力施設からだけでなく、自然界でも常に生成されている。

世界的にもトリチウムの除去技術は実用化されていない。このため、これまでも世界中の原発で、トリチウムを含む水の海洋放出や大気放出が行われてきた。日本でも40年以上、各地の原子力施設から海に排出してきた。

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福島の処理水をどうすべきか、原田氏はさまざまな人に直接、意見を尋ねたという。

「10人くらい、関係者や識者に大臣室に来てもらって話を聞いた。みなさん悩んでおられた。アイデアはあったけれど、これというものがないまま、6、7年も議論が続いているのがわかった」

原子力規制委員会の更田豊志委員長も、安全基準を満たすまで処理水を薄めてから海に放出するのが「実行可能な唯一の選択肢」と述べていた。

「更田委員長の仰るとおり、科学的、技術的な観点からすれば、海洋放出は十分に安全だろう。健康被害も環境被害も生まないと理解した」「政府の首脳や福島の人々に対してや、自民党内でも、この問題は早いこと解決しないといけない。海洋放出だ、と、私はさりげなく言っていた」

処理水の処分問題は経産相の担当で、厳密には原田氏の所管からは外れていた。

Yoshihiro Kando / BuzzFeed


原田氏は若い頃、環境行政に直接携わった経験がある。東京大学を卒業し、企業勤務を経て1970年に通産省(当時)に入省した。配属されたのは、公害保安局だったという。

「まだ環境庁(現・環境省)ができる前だった。四日市の大気汚染や(富山県神通川流域の)イタイイタイ病など、公害の問題が大変だった時に入ったものだから、2年間勉強した。大気汚染も水質汚濁も、安全性のため科学的に定められた基準値を超えることは問題だ。しかし、ゼロすることは不可能な以上、基準値以下まで希釈して、安全を図るしかない。処理水については、大気への放出は、社会の視線が厳しいだろうと思っていた」

「環境相となって1年間、私は考えを頭に置きながら、発信するのはこの(退任の)タイミングしかないと思い切った」

処理水を所管する世耕弘成経産相(当時)には、事前に相談はしなかったという。

「私は環境大臣と原子力防災担当大臣だから、原発のことは大いに関係がある。ただ、処理水の所管は経産大臣だ。しかし、ここに書いてあるように」、そう言って原田氏は、事務室に飾ってある「国務大臣に任命する」という任命書を指さした。「明仁」の親署(御名)と、御璽(天皇の印章)の押印がある。

「私は国務大臣として、天皇陛下に認証をいただいている。ある意味、そういう意識があった。『国務大臣』としての役割があると」

波紋を広げた発言。「撤回はしない」

Kensuke Seya / BuzzFeed


福島の漁協をはじめとする地元の人々には、放出に反対する声が強い。たとえ安全性を確保したうえで処理水を放出したとしても、「放射性物質が流された」と消費者が福島の海産物を買い控える「風評被害」が起きることを懸念しているからだ。

それもあり、処理水の処分法を検討する経済産業省の有識者会議は、当初あった「海洋放出」「水蒸気放出」「水素放出」「地層注入」「地下埋設」の5案だけでなく、2019年8月に「タンク内での長期保管」を、新たな選択肢として検討課題に加えていた。

有識者会議の報告が出ない段階で処理水の処分について発言すれば、反発を招くことは必須だった。原田氏は「ある程度予測し、覚悟のうえだった」と言う。

時事通信

原田義昭前環境相の発言を受け、記者会見する全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)の岸宏会長(中央)ら=2019年9月11日、東京都千代田区


原田氏が処理水について発言した翌日、全国漁業協同組合連合会は会見を開き、「海洋放出は絶対に認められない」と、発言の撤回を求めた。環境省を訪れ、原田氏宛の抗議文を提出した。

「私としては、『これしか方法はない。安全性は十分に担保される。ただし、風評被害は必ずついて回るから、それは政府に必ず補填させる』という文書をつくり、回答しました」

波紋は各地に拡がった。

大阪市の松井一郎大阪市長と吉村洋文大阪府知事は(ともに維新)は発言に同調し、一部の処理水放出を大阪湾で受け入れる構えを見せた。一方、大阪湾に面する兵庫県の井戸敏三知事は「デリケートな問題」と述べ、大阪の2人からは距離を置いた。

後任の環境相として原田氏の職責を継いだのは、小泉進次郎氏だ。

小泉氏は就任直後の9月12日、福島県を訪問した。地元漁業関係者らに、不安を与えたとして頭を下げた。各種の報道によると、小泉氏は「前大臣の個人的な所感」と加えたという。

時事通信

原田義昭前環境相(右)から引き継ぎを受ける小泉進次郎環境相=2019年9月12日、東京都千代田区


「世間では、小泉さんがすぐに福島に行かれて、前大臣の発言を(否定して)謝罪したという風に受け取られている」

「しかし、原田がびっくりさせたということには頭を下げて、これは経産大臣の決めることだから、決めたことには誠実に従いますと言われた。私から見れば、正確にちゃんと言われたな、と」

発言後の心境を、原田氏のFacebook投稿から一部を抜粋する。

9月11日:“誰かが言わなければならない。この思いが多分私を追い立てた。““国益のためには誰かが言わずに、この大問題をズルズルと引っ張るわけにはいかない。“

13日:“私は、これでいずれは世の中が変わる、という不思議な自信も付いてきました。誰かが言わなければならない、自分はその捨て石になってもいい、と素直に自認しました“

18日:“国民の認識と関心が広まることは決して悪いことではありません“

20日:“「海洋放出」という私の発言がこんなにも大きくなるとは内心驚きですが、「社会に一石を投じた」というのは事実で、実際の社会を変える大きなインパクトにもなると思われます“

地元で続く懸念

Keiya Nakahara / BuzzFeed


経産省の有識者会議は2020年2月10日、「海か大気への放出が現実的」とする報告書を出し、結果的に原田氏が発言した通り、海洋に放出する方向が固まってきた。

今後は以下の3つの段階を経て、その処分が始まる。

1)報告書の提言を元に政府が基本方針を決め、東京電力に伝達
2)東電が具体的な手段を決めて原子力規制委員会に申請
3)認可が下りた段階で正式な処分方法が決まる
→処分開始

これに対し、福島県漁連をはじめとする地元関係者は、反対の姿勢を崩していない。その理由は、処理水の安全性よりもむしろ、「風評被害」への懸念だ。

県漁連の野崎哲会長は2月19日、処理水を巡る経産省や各自治体などとの会合で、「風評被害への具体的な対策が示されておらず、納得できない」と改めて強調した。

国と政治が取るべき責任とは

Yoshihiro Kando / BuzzFeed


梶山弘志経産相は2020年2月4日の会見で「(有識者会議の)報告を踏まえ、地元をはじめとした関係者の意見も聞きながら、風評被害対策も含めて結論を出していきたい。スケジュールありきで進めるのではなく、政府として責任を持って結論を出す」と語った。

風評被害対策がどのようなものになるのか、現時点では明らかになっていない。

原田氏は「風評被害はどんなに努力しても、おそらく生まれると思います」と見る。

「丁寧な説明は必要だけれど、(丁寧というのは)主観的だからね。する側は、『一生懸命、何回も説明した』と言うし、受け取る側は、福島第一原発から出てきたものと聞くだけで許さないという人もいるだろう。ただ、どこかで折り合いをつけなきゃいけない」

Kensuke Seya / BuzzFeed


繰り返し強調したのは「国が必ず全責任を担保する」こと。政治と行政が、それを具体的な施策として落とし込むとすれば、その一つは、起きうる損害への補償というかたちになる、ということだ。

「風評被害が生まれれば、その損害は、必ず国が賠償をしなくてはいけない。処理水を処分すれば、政府、そして国民全体がその便益を受けることになる。だから、政府、国民全体で背負うべきです」

「もし政府が責任を担保しないなら、その時には、私は政治家として、自民党員として、『絶対にやれ』と言います」

「福島県民は傷つき、苦しんでおられる。そろそろいいだろう、と見切り発車はしてはいけない。最後まで丁寧に説明し、ぎりぎりまで調整をしたほうが良い」

2020年夏頃に処分方法決定か

Keiya Nakahara / BuzzFeed


処理水の放出については、福島県など関係各県の知事も慎重な姿勢を崩していない。

福島県の内堀雅雄知事は3月8日、NHKの討論番組「日曜討論」に出演した。処理水の処分に「小委員会の提言を踏まえ、幅広い関係者の意見を丁寧に聴きながら慎重に対応、方針を検討するよう国と東電に求めていく」と語り、トリチウムに関する情報発信と具体的な風評対策案を求めた。

茨城新聞などによると、茨城県の大井川和彦知事は2月20日、説明に訪れた内閣府幹部に「海洋放出ありきの議論では納得は難しいのではないか。風評が起こることを前提に、科学的な説明でクリアしようというだけでは納得できない」「もう一度白紙で検討してほしい」と述べた。

Keiya Nakahara / BuzzFeed


安倍晋三首相はどう考えてるのか。

首相は3月、被災3県の地元紙共同インタビューを受けた。福島民友によると、「処分場所が『福島のみ』『福島から』と決定されれば、さらなる風評を招き、復興に水を差すことになる。絶対に認められない」という質問に、首相はこう答えた。

「敷地外へ処理水を持ち出すことについても、小委員会で検討がなされたと承知しているが、指摘のような声も含めて、関係者の意見をしっかりと伺った上で政府として責任を持って処分方針を決定する」

また、処理水の処分時期については「まずは関係者の意見を丁寧に伺いながら進めていくことが大切だと思っている」としたうえで、「2022年夏にはタンクが満杯になる見込みだ。処分開始までの手続きと準備に2年ほどかかると考えられていることを踏まえれば、できる限り速やかに処分方針を決定したい」と述べた。

逆算すれば、政府は2020年夏頃には処分方法を決めることになる。

安倍首相は、どんな処分方法になろうと「風評被害が発生することはあってはならない」としたが、具体的な風評被害対策は示していない。

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震災と原発事故から9年。安倍首相は、2020年の東京五輪を「復興五輪」と位置付ける。しかし、これまでの私たちの取材に、「まだまだ復興を語れる段階ではない」と語る福島の人々は少なくなかった。

避難指示の解除が進む一方で、漁業など地場産業の後継者育成や、子育て世代の帰還が進まないなど、課題が山積する現状がある。

福島の人々の生活は、これからも続く。望まぬ負担を背負いながら。

事故から30〜40年という時間がかかるという福島第一原発の廃炉作業。2045年までに県外の最終処分場に搬出するという除染作業で出た土や廃棄物の問題。さらには、全国の各原発から生まれる高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分問題...。

時事通信


事故と原発を巡る問題は、極めて複雑で、奥深く、広い。

ところが、情報は流動的で、意識しなければ入ってこないものが多い。それでも、日本の政治と行政だけでなく、メディアと有権者自身が、これからも向き合い続ける必要がある。

国全体で考えるべき問題に、多くの人が向きあい、考え、議論する。その一助となる情報を提供できないものか。

それが、わたしたちがYahoo! JAPANとの共同企画取材を続けてきた原点であり、今も変わらない思いだ。

処理水をめぐる問題は、決して福島だけの話ではない。

<この記事は、Yahoo! JAPANとの共同企画で制作しました。汚染水と処理水をめぐる問題を考える上での一助となるべく、様々な角度から報じてきました。記事一覧は、こちらのページにまとめました。共同企画としてはこれが最終回となりますが、BuzzFeed Japanは今後も、この問題の取材を続けます>