平和願った元米兵 著作を1000校に 従軍、加害体験告白 故ネルソンさん

平和願った元米兵 著作を1000校に  従軍、加害体験告白 故ネルソンさん

没後10年 加賀の住職ら寄贈活動
 ベトナム戦争の従軍体験から、戦争の悲惨さと日本国憲法九条の大切さを訴え、二〇〇九年に六十一歳で死去した元米海兵隊員アレン・ネルソンさん。三月に没後十年の節目を迎えるのを機に、親交のあった人たちが、ネルソンさんの著書やDVDを全国の学校千校に寄贈する活動を始めた。平和へのメッセージを伝えたい−との思いからだ。(小室亜希子)
 「アレンがもし生きていたら…。事あるごとに思います」。ネルソンさんの生前の希望で、遺骨を守る石川県加賀市の浄土真宗寺院光闡坊(こうせんぼう)の佐野明弘住職(60)は、十年たった今も喪失感をぬぐえない。
 出会いは〇四年二月、本紙「こちら特報部」の記事を読んだのがきっかけだった。「殺すのは簡単だ。その後が地獄なんだ」と取材に語ったネルソンさん。戦争で人を殺した人が、加害体験を包み隠さず語る姿に驚いた。すぐに講演に招いた。
 小中学校では校長から「うちの子たちは戦争を知りません」とあいさつされた。ネルソンさんはそのたびに「素晴らしい。戦後六十年間、外国で日本の兵隊に殺された人も、家を焼かれた人もいない。(戦争放棄を定めた)憲法九条の力です」と目を輝かせた。
 「私の国の子どもは戦争を知っている。イギリスもフランスもドイツの子も」とも語った。当時、自衛隊がイラクの戦地に派遣され「九条は無意味ではないか」と感じていた佐野さんは、はっとさせられた。「曲がりなりにも、九条があるから、殺し殺されることがなかった。九条の大切さは彼から教わった」
 銃撃訓練で、敵の下腹部を狙うようたたき込まれたこと。初めて殺したベトナム兵のゆがんだ口からのぞいた茶色い歯。除隊後も悪夢にうなされ、克服に十八年もかかったこと…。ネルソンさんの口から語られる戦場は地獄そのもので、「私のような者を二度と生み出してはならない」という言葉は重く迫った。
 「世界の方向が変わるくらいの力があった」。佐野さんは苦くほほ笑む。
 この十年、その訴えとは逆行するようなニュースを目にする機会が増え、無力感にとらわれることもある。そのたびに、ネルソンさんの言葉を思い起こし、気持ちを奮い立たせる。「平和は国連や国家がつくるものではない。今ここにいる皆さんから平和はつくられる」
 ◇ 
 佐野さんらの「アレン・ネルソン平和プロジェクト」は、「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(講談社文庫)など書籍二冊とDVD「9条を抱きしめて」を一セットにし、千校を目標に、希望に応じて全国の小中学校や高校、大学に寄贈している。問い合わせは、佐野さん=電080(6350)6314=へ。
 アレン・ネルソンさん 1947年、米ニューヨーク生まれ。貧困家庭に育ち、高校中退後、18歳で海兵隊に志願入隊。翌年、ベトナム戦争の最前線に13カ月間派遣された。70年に除隊するが、深刻な心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症。自宅を追われ、一時は路上生活を送った。日本では96年から講演活動を始め、その数は学校を中心に1200回に上る。2009年3月に多発性骨髄腫で急逝。キリスト教の一派、クエーカー教徒だったが、晩年は仏教に傾倒し、葬儀は仏式で営まれた。


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