窓ない部屋、情報なく 感染不安、下船後も
 新型コロナウイルスの集団感染が発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客だった金沢市の七十代男性が、本紙の取材に応じ、感染者が増え、緊迫していく船内の様子を語った。男性は陰性だったが、船内待機となった二週間を「冷静だったが、いつ自分が感染してもおかしくないという恐怖もあった」と振り返った。(小坂亮太)
 男性は一人でツアーに参加した。船は一月二十日に横浜港を出港し、鹿児島、香港、ベトナム、沖縄などを巡った。二月四日に横浜港で下船予定だった。
 異変に気付いたのは既に荷造りも終えていた二月三日の夜。船内放送で四日に下船できないことを知った。金沢にいる妻からのメッセージで、感染者が出たことを認識した。
 四日は船内での行動は制限されず、朝昼晩とバイキング形式で食事した。マスクをした乗客は記憶にない。客室待機となったのは五日。午前六時に朝食会場に行くと追い出され、部屋の前の通路には、外出しないよう見張りがついた。感染者の数は日を追うごとに増えたが、どの階で出たかまでは知らされなかった。
 食事や飲料は部屋で乗務員から手渡しで受け取るようになり、一日に何度も別の乗務員が訪れた。「乗務員から感染が広がるのではないか」と不安になり、繰り返し手を洗った。
 部屋は十一階。海に面しておらず窓はない。テレビは衛星放送しか映らず、船内の正確な状況は分からなかった。気を紛らすため、同じ映画を二回、三回と見た。七〜十日までは二日に一回、十一日からは毎日、一時間ほどデッキでの散歩が認められた。唯一、外に出られる時間だった。電話で家族や友人から励まされ「自分が陽性のはずがない」と平常心を保った。
 PCR検査を受けたのは十四日。十八日の夜、陰性と下船決定を伝える書面が部屋のドアの下から入れられた。「やっと解放される」。十九日昼に下船し、新幹線で金沢に戻った。
 だが、日常生活は戻らなかった。厚生労働省から「(二週間後の)三月四日まで外出を控えるように」と連絡が来た。役員を務める会社に出社したら「ばい菌が帰ってきたかのような」周囲の視線を感じ、その後は自宅にこもった。
 「これでは周囲に不安がられるまま」と思った。保健所に「もう一度検査してほしい」と頼み、四日に二回目のPCR検査をした。
 「大丈夫でしたよ」。その日の夕方、医師から電話で陰性を伝えられた。「肩身の狭い思いをしてきたが、これで証明できる」と涙がこぼれた。夜は家族と久々に食卓を囲み「良かったね」とみんなで泣いた。
 バイキング、劇場、スポーツ施設、カジノ…。船内を振り返れば、感染が起こりやすい密閉空間や、人が密集する場面が多く思い浮かぶ。廊下の空気の流れも良くなかった。
 クルーズ船に「もう乗らない」とは言わない。「なぜここまで感染が広がったのか。しっかりと検証し、対策をしてほしい」
 【メモ】ダイヤモンド・プリンセス 米国の船会社「プリンセス・クルーズ」が運航する大型客船。11万5875トン、全長290メートル、全幅37・5メートル。乗客定員2706人、乗組員数約1100人。18階建てで、客室数は1353。客室はホテルのような造り。厚生労働省によると、今回のツアーでは19日現在、乗員乗客計3711人中、約19%に当たる712人が感染し、うち7人が死亡している。