本来なら開幕3戦目となった3月22日。中日の渡辺勝外野手(26)が広島戦で3安打したというニュースを見るにつけ、ふと1カ月前のことを思い出した。2月21日の巨人―中日(那覇)の試合前、渡辺は巨人ベンチ前で所在なさげに誰かを探していた。

 すぐにピンと来た。「監督?」「そうです」。東海大の大先輩である原監督にあいさつをしようと訪れていた。しかしお目当てのお方はベンチで来客対応中。「お話されているんで・・・」。遮るのも良くないし、かといってアップの時間もあるからずっと居座るわけにもいかない。ギリギリ見える位置で待ちながら、間合いを探る姿が印象的だった。

 そんな渡辺の代名詞は一本足打法。師匠はソフトバンク・王貞治球団会長と同じ荒川博さん。中学時代、暮らしていた団地に元セ・リーグ事務局長の渋沢良一さんが住んでいた。世間話に花が咲いた母は息子が野球をやっていることを伝えると、「一度荒川さんに見てもらおう」と勧められた。その縁で手ほどきを受けることになり、渡辺の一本足人生が始まった。

 荒川さんは晩年、神宮外苑のバッティングセンターで子どもたちに打撃を教えていた。憂さ晴らしに通っていた記者は気付くと顔なじみになっていた。「オレの目の黒いうちに王を越える選手をつくる」。すでに80歳を超えていたが、うれしそうに話す姿が忘れられない。2015年に亡くなり、その夢はかなわなかったが、思いは渡辺が継いでいかなければならない。

 そして冒頭の話。そろそろタイムリミットが近づいてきたころだった。気づいた原監督が状況を察し、手を差し出した。恐縮しながらその手を握り、しっかりおじぎをして無事あいさつは終了。渡辺はギリギリ間に合った。

 「一本足は間合い」。これは荒川さんの言葉。渡辺は大卒5年目。後はない。だが、きっと「間」は訪れると信じている。「僕は22歳の時の王も見てるけど、見劣りしないよ」。そしてこれは渡辺のドラフト直後、荒川さんの言葉だ。(土屋善文)