緊急事態宣言が発令された直後、LINEに来た通知に首をかしげた。送り主は県岐阜商野球部の鍛治舎巧監督。かつて取材をしたことはあるが、もう2年は会っていない。加えて、内容もどうやら部員に向けたものに見えた。「選手と間違えたのかなあ」と思い、デスクにも相談したが、LINEに残る鍛治舎監督らしい熱いメッセージが心から離れなかった。

 4年前、熊本・秀岳館高で指揮を執っていたころ、熊本地震で被災した。選手たちを帰省させ、自らは1人で学校に残り、地割れしたグラウンドを整備した。余震におびえながら…。そんなエピソードも盛り込まれていた。これは記事にしたい、と思い立ち、鍛治舎監督に電話をかけると、「いやいや、間違えたんじゃないんですよ。参考になれば、と思いまして」。なんとも明快な答えに肩の力が抜けてしまった。

 アマ球界が誇る名選手にして名将である鍛治舎監督とは、県岐阜商での就任時に取材しただけ。直後に私は東京に異動となったため、私のことなぞ覚えていないものだと、勝手に決め付けていた。だから今回、連絡をもらったことが本当にうれしかった。

 先の見えないコロナ禍。それでも久しぶりに聞いた鍛治舎監督の声は驚くほど明るく、語る内容は前向きだった。全国高校総体の中止が決まり、夏の甲子園も開催が危うい。「甲子園が全てじゃない。今を頑張ることが、絶対にこの先の人生につながりますから」と電話口で訴えた鍛治舎監督。今も球児たちの背中を押す応援歌をつづり続けているのだろう。また元気な姿で再会したい、と心から願っている。(平野梓)