なかなか外出もままならない日々が続く昨今、人々のストレスもかなりのものかと思われますが、少なくとも映画ファンの大半はおうちシネマなどでそこそこ発散できているのではないかな? と思ったりもしています。

またこういうとき、「野蛮ね」と怒る人もいるかもしれませんが、イケイケの戦争ドンパチ映画なども実はかなりストレス発散にはなるかと思われます(ホラー映画で怖がったりキャーキャー騒いだりして、鑑賞後はすっきりするのとも似た感覚ですかね)。

これから紹介する作品は、残念ながらまだデジタル配信こそされていませんがBlu-ray&DVDは発売されており、またレンタル・ショップに置いてあるところを見つけたらぜひ一度はご覧になっていただきたい戦争映画の傑作です。

金のために戦う傭兵という、良識派からすると実にけしからん輩が多数登場する映画です。

好戦映画と批判する声もあることでしょう。

しかしながら、いざ見終えると、多くの方は興奮と感動に涙していること必至と確信できる作品です……

《キネマニア共和国〜レインボー通りの映画街463》

アンドリュー・・マクラグレン監督による1978年度作品『ワイルド・ギース』です!(原題の“WILD GEESE(雁の群れ)”とは傭兵たちを示唆した暗号名で、彼らの代名詞的な意味合いもあります)

誘拐された大統領の救出に臨む傭兵たち!

ベテランの傭兵アレン・フォークナー大佐(リチャード・バートン)はイギリスの大富豪エドワード・マターソン卿(スチュワート・グレンジャー)からアフリカ某国の独裁政権に誘拐された前大統領ジュリアス・リンバーニ(ウィンストン・ヌショナ)の救出を依頼されました。

その国の銅の採掘権を独裁政権によって剥奪されたマターソンは、権利奪還のためにリンバーニを復権させ、独裁政権の打倒を目論んでいたのです。

アレンはかつての戦友たちのもとを訪れます。

作戦参謀に長けつつも救世の理想が潰えて傭兵から足を洗い、今では寄宿学校へ入れた我が子との交流を心の支えにしている、バツイチの画商レイファー・ジャンダース大尉(リチャード・ハリス)。

麻薬をめぐる裏取引に巻き込まれて憤ったことから、マフィアに命を狙われる羽目になったプレイボーイのショーン・フィン中尉(ロジャー・ムーア)は、飛行機の操縦もできます。

ショーンの推薦で、クロスボウの名手ピーター・カーツィー(ハーディ・クリューガー)も仲間入り。ただし彼は南アフリカ共和国出身で、黒人差別思想の持ち主でもありました。

彼らと共にアレンは50名の救出部隊を編成し、長年アレンの部下として働いてきた旧友のサンディ・ヤング曹長(ジャック・ワトソン)による厳しい軍事訓練を経て、いざアフリカへ赴き、リンバーニ救出作戦を決行。

ミッションは予定通りすみやかに運び(毒ガスや青酸カリなども普通に使用するあたり、失敗は許されない傭兵のシビアさを物語っているかのようです)、リンバーニの救出にも難なく成功した部隊。あとは帰国の途に就く飛行機を待つのみ……だったのですが!?

ミッション遂行型エンタメの見本ともいえる描出の数々

本作はエンタテインメントの見本といっても過言ではないほどに、ミッション遂行映画としての韻を巧みに踏んでいます。

まずはミッション遂行のための仲間集め。ここで様々なキャラクターの魅力をどれだけアピールできるかによってその後の展開のスリリング度も変わってきますが、本作はリチャード・バートンという名優をメフィスト的存在に据えながら、リチャード・ハリスやロジャー・ムーア、ハーディ・クリューガーといったスターの魅力を最大限に引き出しながら、見る者に彼らのミッションでの活躍を大いに待望させてくれます。

リチャード・ハリスは当時『ジャガーノート』(74)『カサンドラ・クロス』(76)『オルカ』(77)など映画スターとして脂の乗っていた時期で(80年代以降は映画を離れて舞台中心の活動へ移行)、ここでは理想主義者で息子想い、しかし旧友との友情も捨てきれず、一方では長年体に染みついた作戦参謀としてのこだわりの一面をさらりと体現してくれています(アレンに地図を見せられたときの、彼のオタク的反応たるや!)。

ロジャー・ムーアはこの時期、3代目007として名を馳せていましたが、ここではそんな彼のイメージを裏切らないプレイボーイ的資質に男気を加えたキャラクターに据えています(ちなみにロジャー・ムーアはこの後に出演した同じアンドリュー・V・マクラグレン監督の1979年度作品『北海ハイジャック』では、女嫌いで猫好きという設定でした)。

ハーディ・クリューガーは『シベールの日曜日』(62)などで知られるドイツ出身の名優ですが、ここでは黒人差別主義者というマイナスイメージの役柄を演じることで、当時南アフリカ共和国が敷いていたアパルトヘイト政策の非道を、ラルフ・ネルソン監督の『ケープ・タウン』(74)に続いていち早く映画を通して世界に訴える役割をも担っており、またこの設定は後半大きなドラマのうねりにも繋がっていくのでした。

続けて部隊の厳しい訓練が綴られていきます。

軍隊の訓練がいかに過酷であるかは『フルメタル・ジャケット』(87)などでご承知の通りですが、本作の描写は辛辣ながらもユーモラスで、しかしながら今の目で見据えても映画的に違和感を覚えない優れものになっています。

それは監督のアンドリュー・V・マクラグレンが西部劇の神様ジョン・フォード監督作品の助監督などを務め、そのスピリッツを受け継ぐ後継者的存在であったこととも無縁はないでしょう。

そう、『ワイルド・ギース』は往年の西部劇タッチを傭兵ミッションものに巧みに転化させながら進んでいきますが、ここでの訓練描写こそはその極みであり、さらにはその象徴として登場するのがジャック・ワトソン扮するサンディに他なりません。

アレンとサンディの関係性は、まるでジョン・フォードの騎兵隊映画におけるジョン・ウェインとその部下たちにも置き替えられるものがあります。

訓練終了後、アレンは老齢のサンディに多額の報酬を与え、ミッションには参加しないよう計らいますが、彼はそれを拒否。

また常に「フォークナー大佐」と敬称するサンディは、当のアレンに「ふたりっきりのときは俺をアレンと呼んでくれ」と言わせてしまうほどのカタブツ男でもあり、こうした漢を愛すべき存在として描くのが西部劇の常でもあるのでした(また、ここでのシーンも後々の、さりげなくも大きな感涙の伏線となっていくのですが、悔しいことにソフト収録の日本語吹替版は、そのことに気づいていない愚訳を施している! 字幕のほうは大丈夫ですけど)。

こうした猛者を率いるアレン役のリチャード・バートンは、彼の俳優としての基軸でもあるシェークスピア劇の登場人物のように、善悪のみで切り取ることのできない人間のサガを巧みに体現しています。

金のために戦争を請負う男の非情さ、普通の生活に戻っているかつての仲間たちを再び殺戮の戦場へ誘うメフィスト的な面と、その仲間たちに心からの信頼と敬意を怠らない友情厚き漢としての面など、一言では言い表せられない人間の複雑怪奇なさまざまな側面がバートンの名演によって描出され、その結果、一見好戦的に捉えられがちな本作を(現に公開当時は「こんな好戦映画は許せない!」といった一部の批評家の酷評もありました)、その実秀逸な人間ドラマとして屹立させてくれることにもなりました。

コロナ禍の現代にも胸に響きわたる主題歌

そしてミッションが始まってからの諸描写に関してですが、未見の方のためにこれ以上は書かぬが華。

とは申せ、おそらく本作をご覧になったことのある方の大半は、そこからラストに至るまでの展開を脳裏に思い浮かべるだけで鳥肌が立つほどの感動を呼び起こされて、ついには思わず涙してしまうのではないでしょうか。

『ワイルド・ギース』には戦闘行為の中でしか生きていけない人間たちが、戦争を通じて巨額の利益を得ようとする人間たちに翻弄されていく悲劇であり、それを映画という名のエンタテインメントとして最大限に昇華させ得た、いわば好戦的反戦映画の傑作といっても過言ではありません。

何も反戦の拳を振り上げるだけが反戦映画ではないことを(むしろそういった作品にこそ好戦性がうかがえるときもある)、本作は映画的昂揚感とともに知らしめてくれており、それゆえに今なお多くのファンが世界中に点在している作品でもあるのです。

現在発売中のBlu-ray&DVDにはメインタイトルとエンドタイトルに流れるジョン・アーマトレイディングの主題歌《フライト・オブ・ザ・ワイルドギース》歌詞の日本語訳が字幕で出ますが、それを読むと単に世界中の紛争の哀しみだけでなく、現在のコロナ禍における苦悩の叫びとも直結していることに驚かされました。その伝では、まさに今の時代にこそ見ておくべき映画の1本にも足り得ています。

アンドリュー・V・マクラグレンのキッドナップ・ブルース

最後に、監督のアンドリュー・Ⅴ・マクラグレンについて少し記しておきます。

先にも記したように、彼はジョン・フォードの後継者とみなされ、特に『マクリントック』(63)『チザム』(70)『ビッグ・ケーヒル』(73)といったジョン・ウェイン主演の西部劇にそのタッチが継承されているのが見て取れます(油田火災を題材にした現代劇『ヘル・ファイター』68もまさに西部劇の韻を踏んでいました)。

しかし一方でマクラグレン監督はジェームズ・スチュワートを主演に迎えた『シェナンドー河』(65)『スタンピード』(65)『バンドレロ!』(68)などの作品群で、従来の西部劇から一歩先んでた意欲的姿勢を示しています。

特に『シェナンドー河』は南北戦争を題材に、北軍にも南軍にも協力せずに中立を貫こうとしつつ、誤って末の息子が北軍に拉致されたことからもたらされる牧場一家の悲劇を描いたもので、それまで南北戦争は北軍の勝利を通してアメリカを進化させた正義の戦争としてみなされていたところがありましたが、『シェナンドー河』は戦争に正義も悪もないことを訴え、さらには当時のハリウッドでは一般的ではなかった黒人差別も描いています。

ジョン・ウェイン主演の後期西部劇は総じて清水次郎長的に大らかな座長公演的存在であり、マクラグレンはその座付き監督的雰囲気もありますが、対してジェームズ・スチュワート主演のマクラグレン西部劇は常に実験精神と思想性を両立させた秀作が多く見受けられるのでした。

しかし1970年代に入って西部劇映画の製作が廃れ始めることでマクラグレンもTVの世界へ移行し、それ以降は時折監督する映画の出来にムラが生じ始めていきます。

特に『ワイルド・ギース』はその出来不出来の“上出来”の頂点として讃えられますが、その前後から(特に80年代は)どうにもムムム…なものが増えていきました。

『戦場の黄金律/戦争のはらわたⅡ』(78)『ダーティ・ヒーロー/地獄の勇者たち』(85/『特攻大作戦』の続編TVムービー)、『戦場にかける橋2/クワイ河からの生還』(89)と、なぜか名作戦争映画のパート2を担い続けたこともマイナスイメージを増幅させてしまったように思えてなりません。(ちなみに『ワイルド・ギース』も続編が作られていますが、こちらの監督はピーター・ハントでした)

もっともマクラグレンは80年代、TVで代表作ともいえる傑作を発表しています。(どちらも日本ではビデオソフト化しかされてませんが、アメリカではDVD化されました)

まずは『ブルー&グレイ/引き裂かれた祖国』(83)。これは南部出身ながらも北軍の従軍画家として参加した青年の目を通して南北戦争の悲劇を見据えた355分のTVミニ・シリーズです。リンカーン大統領にはグレゴリー・ペックが扮しました。

続いてイランに不当逮捕された米企業重役たちを救出するため、退役軍人を隊長とする救出チームの決死の行動を描いた『鷲の翼に乗って』(86)。こちらも235分の長尺で実話を基にしたケン・フォレットの同名小説をドラマ化したものです。

『鷲の翼に乗って』には『ワイルド・ギース』とも呼応し合うものがありますが、それだけでなくアンドリュー・V・マクラグレン監督作品は『シェナンドー河』はもとより、脱走した囚人の復讐の手段として愛娘を誘拐される老保安官の追跡西部劇『大いなる決闘』(76)、弟と妹を誘拐された長男と次男の奪還西部劇『シャドー・ライダー』(82/TVムービー)なども含めて、不思議と拉致・誘拐をモチーフにしたキッドナップ・ブルース的な内容のものが多いのが特徴でもあります。

思うにマクラグレン監督は、かけがえのない大切な存在を奪われることに伴う怒りと悲しみのエモーションを、映画的な醍醐味に転化させる術に長けていたのかもしれません。

1990年代に入って監督を引退したアンドリュー・・マクラグレンは、その後『シェナンドー河』舞台版の演出を担いますが、やはり彼にとって大のお気に入り作品でもあったのでしょう。

2014年8月30日に、94歳で死去。晩年も世界中から自宅に届くファンレターの多くは、やはり『シェナンドー河』や『ワイルド・ギース』を讃える内容のものだったとのことで、それは映画史上に残る代表作を残し得た映画人としての彼の誇りであり、大きな喜びでもあったことは疑いようのない、そんな映画人生だったことでしょう。

(文:増當竜也)