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『マルモイ ことばあつめ』レビュー:母国の言葉を護るために闘った人々の凱歌

21世紀に入って早20年経ちますが、世界中でもっとも映画的に飛躍した国が韓国であることに異を唱えられる映画ファンは少ないかと思われます。

先ごろ発売されたキネマ旬報の2000年代外国映画ベスト・テン第1位に輝いたのは韓国映画『殺人の追憶』でした。

そして今年、同じポン・ジュノ監督のアカデミー賞受賞作品『パラサイト』が日本でも大ヒットし、現在はモノクロ・ヴァージョンまで公開中です。

こうした韓国映画の勢いは、その他にも現在公開中の思春期映画『はちどり』が高評価を得たり、7月14日公開のマン・ドンソク主演『悪人伝』はすでにハリウッド・リメイクも予定されています。

そんな中、光州事件を題材にした『タクシー運転手 約束は海を越えて』(17)の脚本家オム・ユナの初監督作品『マルモイ ことばあつめ』(19)が、既に作品を見た映画マスコミの間で盛り上がりを見せ始めています。

新潟シネ・ウインドで6月13日より先行公開され、7月10日より東京シネマート新宿、大阪シネマート心斎橋など全国各地で公開予定の本作、その内容は……

《キネマニア共和国〜レインボー通りの映画街480》

失われていく自国の言葉を護るために“我らの言葉(ウリマル)”の辞書(マルモイ)を作ろうとする人々の凱歌を描いた感動と興奮の歴史ドラマであり、素晴らしき人間讃歌なのでした!

ご禁制の辞書作りに関わるお調子者の運命やいかに?

『マルモイ ことばあつめ』の舞台は、日本が統治して久しい1940年代初頭の朝鮮・京城(現在のソウル)。

お調子者でガサツ、文字もろくに読めないキム・パンス(ユ・ヘジン)は務めていた映画館をクビになり、息子の授業料を払うために、裕福そうな青年ジョンファン(ユン・ゲサン)のバッグを盗もうとして見事に失敗します。

ジョンファンは親日派の京城第一中学理事長の息子でしたが、父には秘密で朝鮮語学会に属し、失われていく母国語=朝鮮語(即ち現在の韓国語)を護るために朝鮮語の辞書を作ろうとしていました。

当時の大日本帝国は、朝鮮での言葉を朝鮮語から日本語へスライドさせる政策を採っており、名前すらも日本名に改名させようとしていました。

学校内では既に、日本語しかしゃべってはいけないという教育方針にもなっていたのです。

母国の言葉を失うことは、その民族としての精神まで失いかねないと危惧する朝鮮の人々の中に、ジョンファンもいたのです。

彼は仲間らと共に、密かに辞書作りのための“ことばあつめ”を行っていました。

そして、その仲間の中にパンスの気概を知る“親父さん”ことチョ先生(キム・ホンパ)がいた事から、パンスは辞書作りの手伝いに従事させられる羽目になります(薄給ながらも、一応報酬はもらえます)。

はじめはガチガチなまでに生真面目な自分と正反対のパンスにイライラしっぱなしだったジョンファンでしたが、次第にその心根に触れて心を開くようになり、またパンスもジョンファンらがやっていることの意義こそ全然理解してないものの、彼らにシンパシーを抱きながら共闘していくようになります。

しかし、朝鮮語の存続を認めようとしない統治側の追及は、徐々にジョンファンらにも……。

韓国映画の隆盛を象徴する好例

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冒頭で韓国映画の隆盛を讃えたばかりではありますが、本作も見事なまでにその好例として採り上げたい、映画としての大らかな膨らみを湛えた秀作であり快作です。

辞書作りといえば日本でも辞書編纂の世界を描いた三浦しをんの小説『舟を編む』が映画(13)&アニメ(16)化されて話題になりましたが、こちらは辞書作りはおろか母国の言語そのものをなくしてしまおうという体制下での行動ゆえ、当然ながらにスリリングかつサスペンスフルな展開がなされています。

もっとも本作はいわゆるサスペンス映画としてのテイストよりも、むしろ過酷な状況下で“ことばあつめ”に奔走する人々の交流や絆といったヒューマニズムの観点からドラマツルギーを成し得ているのが妙味で、見ているうちに心をほっこりさせてくれる人間讃歌として屹立してくれています。

辞書作りのエピソードの中でユニークなのが、全国各地の方言を集めて、そこから標準語を決めようとするところで、狭い日本にもさまざまな方言があるように、朝鮮半島も同様にさまざまな言葉が成り立ち、ひしめきあっている事実を改めて知らされたりもします。

また、時間のない中でどうやって各地の方言を集めるかといったくだりで「なるほどその手があったか!」と思わず叫びたくなるような、本作の主人公のキャラクター性を巧みに活かしたエピソードも登場します。

さすがに時代設定上、日本が悪役的立場になるのは致し方ないところですが、最後まで見終えると意外にそういった印象を残さないのも、本作の目指すものがあくまでも激動の時代を健気に、そして必死に生きようとした人々へのエールに他ならないからでしょう。

『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』(17)など、激動の韓国近現代史映画群の中で庶民を演じさせたら随一のユ・ヘジンが魅せる人間臭さ、『犯罪都市』(17)の残酷な犯罪者から一転してカタブツ・インテリのジョンファンを好演するユン・ゲサンなど、いつもながらに韓国映画界の俳優陣の層の厚さにも唸らされっぱなしです。

また当時の京城の街の大掛かりなセットなど、時代を見事に再現した美術などのスタッフワークも特筆しておくべきでしょう。

歴史がもたらす国同士の諍いはさておき、国境を越えた感動をもたらすことを可能とするのが映画の本領であるとすれば、本作こそはその筆頭でしょう。

改めて、多くの人に見ていただきたい秀作であることを強く訴えておきたいところです。

(文:増當竜也)