RSのエキスパート、マーク・ウェアリングは、1973年911カレラRSの中でも特に希少なスポーツ”ライトウェイト”を6年の歳月をかけて甦らせた。レストアを仕上げ、クルマのヒストリーが明らかになるまでを振り返る。

思えば長い旅だった。どうか私の思い出話にお付き合いいただきたい。その価値はあるはずだ。これは、かつてのラリー王者である貴重なRSスポーツ”ライトウェイト”をレストアし、当時のドライバー、エルメス・デルバーとの再会を果たすまでの物語である。
 
その旅は2000年7月に始まった。当時はRSの価格はどのタイプも現在よりはるかに低く、特別なヒストリーや魅力を備えたクルマでもない限り、大々的なレストアはめったに行われなかった。きちんと走るクルマが数多く出回っているのに、大部分のパーツが欠けたクルマを購入してレストアしようなどと考えるのは、率直にいって物笑いの種だった。実行に移そうものなら、頭がどうかしていると思われたものだ。しかし、私は難題に挑むのが好きなのである。
 


現在ではフルレストアも一般的になったが、それは初期の911がすべて非常に手に入れにくくなったからだ。以前は見向きもされなかったクルマが候補として再検討され、多くの場合はレストアされている。だが、「やめたほうがいい」というのが実際に経験した者からのアドバイスだ。次の条件を満たせないなら考えるまでもない。①金に糸目をつけない。②プロジェクトを取り仕切る専門知識があるか、私のような専門家を雇う。③スペアパーツのマーケットを幅広く知っている。④自由に使える時間が無尽蔵にある。⑤聖人並みの忍耐強さと寛大さがある。そして、以上のすべてに当てはまり、やる気満々だとしても、最終的には期待していた水準で仕上がらずに落胆することも覚悟しておく必要がある。正確なレストアが行われたかどうかは、完成するときまで分からないのだ。
 
私がこのプロジェクトに乗り出した理由は単純だ。1〜5 の条件を簡単にクリアでき、その上、1987年からパーツを収集してきたので、ベルギーでこのクルマを見つけたときには、欠けているパーツが偶然にもすべて手元に揃っていたのである。それだけでなく、ポルシェクラブGBのアーリー911レジスターを10年間運営し、過去20年間に何度もレストアを行ってきた経験から、正確なレストアに必要なノウハウがあった。時には、作業が適切に行われていないと分かった時点でクルマを引き揚げる勇気も必要になる。分解されて何千ものパーツになっている場合は大仕事だが、放置すれば問題はさらにふくれ上がり、結果的に費用も高くつく。きちんとやるか、まったくやらないかのどちらかだ。契約を結ぶ手もあるが、署名する業者を探すだけでひと苦労である。
 


事前にこれだけの条件が整っていても、このクルマのレストアは6年がかりのプロジェクトとなり、その間に私も関係者も喜怒哀楽の荒波に揉まれることとなった。しかし、ポルシェは私の人生そのものだ。この旅の果てには、そんな私のポルシェ人生の中でも最高といえる夢のような1日が待っていた。
 
まずは現実を振り返ろう。ローリング・ボディシェルをイギリスの倉庫まで牽引してくるのは孤独な作業だった。待ち受ける膨大な仕事を実感するのはずっと先のことだ。そのときはまだ新たな挑戦に胸を躍らせていた。ちょうど私はクレマー2.8RSRのレストアという大プロジェクトを完了したばかりで、その経験が大きな糧となった。また、10年にわたって他のレストアにまつわる様々な悪夢を聞いていたので、同じ過ちを犯す心配はなかった。
 

まずは何をどんな順序で行う必要があるか、計画を開始。残っているパーツが少ないので、クルマの分解は週末だけで済んだ。すぐ明らかになったのは、ラリーカーに必要なパーツがほとんどすべて失われ、広範囲にダメージを負っていることだった。ちょうどその頃、私は友人からレストアについて助力を求められていた。彼の右ハンドルの2.0Sは錆がひどく、新しいボディシェルを必要としていた。そこで私たちは話し合い、ほぼ完璧な左ハンドルの車両を友人が購入してボディシェルを使用し、残りのパーツは手助けの代償として私がもらうことにした。これが大正解だった。何年ものちに最終組み立ての段階になって、ここで手に入れたパーツが完成には不可欠だったことが分かったのである。


多くのパーツがなくなっている理由とは・・・次回へ続く