イギリスのポルシェエンスージアストとして知られるリッチーことリチャード・キングは、素晴らしいコレクションを所有する幸せ者だ。そのなかでも特に気に入っているというドラウツ製ボディの1960年356ロードスターについて語ってくれた。

「ハチ・ナナ・キュー・ゼロ・イチ」長身の男が歌うように言った。アナハイムで行われたフェニックス・クラブ・ポルシェのイベントでのこと。私は、経営するカルマン・コネクションのパーツ販売ブースにいた。その数字が、購入して間もない1960年ドラウツ・ロードスターのシャシーナンバーであることはすぐに分かった。笑顔で私の前に立っていたのは、そのクルマを10年間所有していた前オーナーのリック・クライスコットだった。

「クルマは気に入ったかい?」と彼は聞いた。「ぞっこんだよ!」と私。挨拶をし、近況を交わすと、二人で彼のクルマを見にいった。芝生の展示エリアには、オリジナルペイントの素晴らしい1972年911が待っていた。
 
私がロードスターを購入したのは、そのイベントの1年前(2003年)で、カリフォルニアのボブ・キャンベルの紹介だった。最初はスピードスターを探していたのだが、いいものは予算オーバーだった。そんなときにボブからシャシーナンバー87901の詳細を伝えるメールが届いたのだ。私の胸は躍った。まさに自分好みのクルマに思えたからだ。
 
メールにはこうあった。「1960 年T5ロードスター。オリジナルはエトナ・ブルーでインテリアは赤、現在は白とタン。分解されたことがなく、ボディパネル、エンジン、トランスミッション、ホイール、ハブキャップまで、すべてマッチングナンバー。新車の頃からアリゾナとカリフォルニアにあったため錆はなく、また事故によるダメージもない。白の再塗装はバラさずにマスキングだけで行った安手のもの。車内は明るいタンの合皮とドイツ製カーペットで、再トリムから時間が経っている。しかし、アンダーコートやフロアパンなど、その下はすべてオリジナル。コンバーチブルのキャンバストップとハードトップの塗装も良好」
 


これだけのオリジナルパーツ以外にも充実した付属品があった。1720ccに拡大した356Cのエンジンとリビルド済みのトランスミッション、80リッターの長距離用燃料タンク、4インチ幅のRSKスチール/アロイのホイール5 本セット、新古品のスペアパーツが多数だ。Cのエンジンとホイールなどを装着してすぐに走行できるフルパッケージが4万9500ドル、オリジナルパーツのみ(走行不能)が4万ドルで、私はフルパッケージを選んだ。ボブは親切にもクルマを運輸会社に配送してくれた。8週間後、イギリスに到着したクルマを見て、ボブの説明が正確だったことが分かり、私は大いに喜んだ。
 
その週からさっそく作業を開始した。まずバンパーを外し、バーシュ製パフォーマンス・エグゾーストを装着。次に、スピードスターのアルミニウム製シートをインテリアと同じベージュのレザーで張って取り付けた。車内はほかにも、ステアリングをレストアしたディッシュタイプのレスレストン製ウッドリムに交換し、ダッシュボードの下に当時のラジオと化粧板を取り付けた。
 
次はボディだ。ヘッドライトは純正のアメリカ仕様にした。エンジンターン加工を施した当時のインサートとハロゲンランプを組み込んだものだ。トーションバーホールには鉄十字のカバーを付けた。さらには、青いビニール製の純正ツールバッグを調達して正規の道具を一式揃え、T5の青い純正トラベルキットも手に入れた。
 


次は、安物の塗装をバフで磨き上げる仕事に取りかかった。また、お粗末なマスキングのせいでトリムに付いたペンキを落とす作業にも、気が遠くなるほどの時間を費やした。しかし苦労の甲斐あって、到着したときとは見違えるほど見栄えがよくなった。
 
数日間ロードスターとお近づきになってから、私はもう少し足元を引き締めることに決め、新品のコニ製ダンパーを取り付けた。また、剛性の高いフロントアンチロールバーと新しいトーションバーに交換し、サスペンションにグリスをさした(たぶん何年も行っていなかったに違いない)。車体の下に潜ったついでにブレーキもチェックして調整した。おかげで自信を持ってハードなドライビングができるようになった。


いよいよ海外へ・・・次回へ続く