ポルシェは2018年9月27日、米国ラグナセカサーキットで開催されたレンシュポルト・リユニオンにおいて、ニューモデル『Porsche 935 /78』を発表した。これはポルシェ70周年を記念したクラブスポーツ・レーシングカーであり、全世界77台の限定生産モデルである。その1台が、いま日本の岐阜に存在する。このモデルはポルシェ・モータースポーツ管轄で製造されたレーシングカーであり、ポルシェによるモータースポーツ活動において特別な貢献が認められた人のみが購入することができるのだ。

2018年12月、このクルマのオーナーであるK氏の元に、ずっしりとしたクリスマスカードが届いた。送り主はドイツのポルシェ。内容は「あなたは長年ポルシェのモータースポーツ活動に貢献してくれたポルシェ・ファミリーの大切な一員である。したがって特別にPorsche 935/78を手に入れる権利を贈ろう」というもの。この魅力的な誘いが響かないわけがない。
 
新型ポルシェ935/78は、1970年代のモータースポーツシーンで活躍したポルシェ935のオマージュといえる。当時の935は911をベースにしながら、最大出力600psを発揮するレーシングカーを開発。1976 年の世界メーカー選手権(現在のWEC世界耐久選手権にあたる)でポルシェはタイトルを獲得した。その後1981年までの長きにわたり、ポルシェ935はグループ5のカテゴリーにおいて圧倒的な存在感を見せつけることになるが、この間の進化については別の記事に譲る。


 
さて、ポルシェの70周年を記念して生産される77台の限定車は、この1978年のポルシェ935/78がモチーフとなっている。現行911シリーズの911 GT2 RSをベースにしながら、ロングテールなど往年のモデルを連想させるボディデザインを新たに開発。具体的なレース参戦を前提としていないので、自由に創り込みが進められたという。とはいえ、もちろん開発に手抜きはない。ボディはCFRP(カーボンファイバー強化樹脂)製を大胆に使用。



ボディサイズは全長4865mm、全幅2034mm(ドアミラー含む)、全高1359mm、ホイールベース2457mmと大柄ながら、ベースより90㎏軽い車両重量1380kgを実現している。フロントホイールアーチの通気孔は911 GT3 Rの技術を踏襲したもので、フロントのダウンフォースを増加させる。幅1909mmもの巨大リアウイングとディフューザーによるエアロダイナミクス効果は相当なものであろう。ベースはシングルシーターだが、このモデルにはオプションの助手席も装着されていた。カーボンファイバー製ステアリングホイールとカラーディスプレイも本格的。


 
この新型935/78の日本での初披露は、2019年11月中旬に鈴鹿サーキットで行われたSUZUKASound of ENGINEだった。


 
ここで、オーナーのK氏のモータースポーツとの関わりについて触れておこう。
 
高校で工学を学んだK氏は、当然のことながらエンジンの勉強を始める。時代はパジェロがパリ-ダカールラリーで優勝をしていたころ。三菱のディーゼルターボが世界一の内燃機関という雰囲気だったが、「VWのフラット4エンジンこそが最も効率の良いエンジンだ」という彼の信念は揺るがなかった。高校時代にすでにビートルを購入。卒業後、19歳のときに単身渡米して、フォルクスワーゲンのドラッグパーツの豊富さを目の当たりにする。特に驚いたのはスーパーフローヘッドとの出会い。ピストンやシリンダーだけではなくシリンダーヘッドまで鍛造にしてしまうアメリカの工業製品の奥深さに感動を覚えた。それが彼のモータースポーツへの入り口となった。日本に戻りフォルクスワーゲンのチュー二ングをしながらジムカーナやドラッグレースに参戦するが、スーパーフローヘッドの燃焼効率がとても良かったこともあり、R32GT-Rが登場するまでは「負け知らずだった」らしい。
 
一方で、空冷エンジンでは常にオーバーヒートとの戦いであったが、その時にポルシェ356のエンジンを使えばオーバーヒートしないという話を耳にする。調べたところ、356のエンジンに換装している人がおり、実際にオーバーヒートとは無縁なことを知った。そこで23歳のときにポルシェ356Bを購入したのが、K氏とポルシェの長い付き合いの始まりである。普通の流れで356から次は911に。それは1972年の911Eだったが、完全にRSRルックに仕上げて楽しんだ。これはK氏が27歳の時のことだ。
 
1995年にはポルシェクラブに入会。そのときに59番のブルモスカラーを仕上げた。ロールバーを組んでレースでポルシェを走らせたのは、およそK氏が初めてと思われる。クラブの先輩ドライバーからは「ポルシェに何てことするんだ!」と叱られたらしいが、アメリカでは普通の楽しみ方であったし、ポルシェはレーシング仕様の方が似合うという確信が彼にはあった。その後1973年デイトナで優勝したクルマを、たった2枚の写真からデザインを類推して製作。インターネットがない時代なので情報は限られていたが、徹底的に作り込んだ。そのマシンで1998年のJCCA富士ジャンボリーのFクラスで優勝。当時ポディウムは日産車の定席だったが、そこに輸入車のポルシェがいきなり入ってきたので、周囲は相当ざわついたに違いない。1999年に岡山で始まったポルシェチャレンジには996で参戦。これは日本初のポルシェによる、ワンメイクのJAF戦である。
 
その後は50歳になるのを機に、所有していたコレクションを手放して資金を作り、GTアジアへの参戦を皮切りに世界的なレース活動に突入していく。2015年にはシリーズ全戦に参加しGTMクラスでチャンピオンになる。この活動はポルシェのアジアにおけるモータースポーツの普及に大きく役立ったということで、ポルシェにはとても喜んでもらえたという。マカオでの第1回FIA GTワールドカップにはガルフレーシングとして出走。スティーヴ・マックイーンの『栄光のル・マン』に影響を受けたK氏は正規ルートでカラーリング公認を取り付けたのだ。またGT3RSの発表にともないGTにも参画。K氏はGT 参戦2年目の第一戦で3位になり表彰台を飾った。二戦目でも予選で2位になっている。
 
ポルシェ356から始まったK氏のモータースポーツ活動。長きにわたるその活動において、彼はずっとポルシェ一筋を貫いており、その功績が今回のポルシェ935/78に繋がっているのだ。
 
935/78のパワーユニットは911 GT2 RSと共通。直噴3.8リッター 水平対向6気筒ツインターボエンジンをベースにしながらVTG(可変タービン・ジオメトリー)を備えた大型ターボチャージャーによる吸気システムを採用。ポルシェ市販車最強の最大出力700ps / 7000rpm、最大トルク76.5kgm/2500〜4500rpmを発揮する。組み合わされるトランスミッションは専用ギアレシオの7段PDK。駆動方式はGT2なのでもちろんRR。0〜100km/h加速2.8秒かつ最高速度340km/hというスペックもまたポルシェ史上最速である。


 
クリスマスカードの対価は、「1948年オーストリアのグミュントでポルシェ 356 第1号車が誕生してから70周年を迎える」という語呂合わせで、70万1948ユーロと公表されている。このクオリティを見れば、コスト計算による厳密な価格設定ではないことは理解できる。