片田舎にある質素な地下室。それが、ポルシェ917に搭載されたフラット12を誰よりも知る男のワークショップだ。"ミスター917 "ことグスタフ・ニーヒェをドイツ南部シュヴァーベン地方に訪ねた。

1958年、見習い期間を終えたばかりのひとりの若いメカニックが、ネッカー川に面したシュヴァーベン地方のベジクハイムで汽車に乗り、シュトゥットガルト近郊のカンシュタットを目指していた。若者の名はグスタフ・ニーヒェ。その目的は、ダイムラーのファクトリーで職を得ることだった。ドイツは終戦後の成長期に突入し、技術のある労働者が不足していた。自動車業界でも訓練を受けた若い職人を求めており、グスタフはまさにぴったりの人材だった。
 
若者には汽車の旅が退屈だったのだろう。グスタフは手前のツッフェンハウゼンで汽車を降り、まだ歴史の浅いポルシェのファクトリーで仕事を探すことにした。ワークショップを訪ねると、出てきた親方が「若いの、何の用だ」と聞いた。それが当時の"面接"だった。こうしてグスタフはポルシェのメカニックとして雇われたのである。それも、ただのメカニックではない。
 
グスタフが配属されたのは"スポーツ"部門だった。最初に与えられた仕事はシャシーの製造で、フレームやサスペンションパーツの溶接などにあたった。そして2年もしないうちに、レース部門のスタッフと共にF1チームの一員としてヨーロッパを巡っていた。また、新しいポルシェ904 GTSの開発にも関与した。やがてエンジンの開発に携わるようになり、タルガフローリオで使う910や907、ヒルクライム用の908や伝説的な909ベルクスパイダーなどのエンジン製造を指揮した。
 
1970年、グスタフはポルシェの指示で大西洋を渡った。その使命は、アメリカで輸入業を営むバセク・ポラックのレーシングチームをサポートすることだった。チームはポルシェ917/10と917/30でCan-Amシリーズを戦っており、有能な技術者を必要としていたのだ。グスタフはチームと共にアメリカを何年も転戦し、エンジンスペシャリストとして世界中を飛び回った。


 
現在もグスタフの専門は、908や917に搭載された8気筒や12気筒の複雑な水平対向エンジンだ。「その類のエンジンなら、スタッド1本1本の長さまで正確に把握しているよ」とグスタフは笑顔で話す。そして、こう付け加えた。「917のエンジンで私の手が加わっていないものはおそらく1基もない。今も使用できるエンジンは特にね」
 
その中には完全な新品もある。グスタフは75歳になった今でも、長屋の地下室でエンジンを製造しているのである。そこでは、リビングルームで不要になった家具が作業台や部品棚として使われている。実に奇妙な光景だ。歴史に残る大成功を収めた伝説的なレースエンジン、しかもその新品が、使い古したコーヒーテーブルに載っているのだから。

幸いにも、過去のノウハウや技術はきちんと受け継がれている。グスタフが使うパーツも新品が多い。オリジナルの新古品もあるが、ほとんどは複製品だ。クランクケースにシャフト、プラスチックのパーツに至るまで、レストアや複製が不可能なものはない。

「当時ポルシェは不要になったパーツをすべてアメリカに売り払ったんだ」とグスタフは話す。そうしたパーツはバセク・ポラックの元で保管されていたが、何十年もの間に大半がドイツに戻ってきた。ポルシェとの売買契約にはグスタフも立ち会い、それ以降は新しい雇い主からパーツの提供を受けてエンジンの製造を続けた。成功を収めた8気筒と12気筒の水平対向エンジンからポルシェが手を引いてから、既に30年以上になる。その間グスタフは、走り続けているマシンもリビルドされるマシンも、すべてひとりで面倒を見てきた。グスタフが隣村に家を借りて小さなワークショップを開くと、その存在は結束の固い917オーナーの間でたちまち知られるようになった。シュヴァーベン人らしい几帳面な完璧主義の仕事ぶりが評判を呼んだのだ。


 
ポルシェのレースメカニック時代には、多くのドライバーやチームと親交があったという。あるとき、イギリスのレーシングドライバーでチームオーナーでもあるデイヴィッド・パイパーから、エンジンの注文を受けた。グスタフはいたずらっぽく笑いながらこう振り返った。「エンジンをバハマに届けるように頼まれた。でも、その前にテストをしろというんだ。それで私はこう答えた。『デイビッド、私のところにはテストベンチがないんだよ。でも簡単だ。あなたがエンジンを載せてボタンを押し、走り始めればいい』ってね。パイパーはそのエンジンを載せた917で5連勝したよ」

「シンプルで信頼性の高いエンジンだ。1リッターあたりの出力は120bhp程度だから、レースエンジンとしてはたいしたことはない。だが、とにかく信頼性が抜群なんだよ」とグスタフは話す。空冷式ゆえのオーバーヒートはなかったのか尋ねると、首を振った。「いやいや、ファンによる冷却は完璧だったし、整流板も効果的だった。熱関連のトラブルは一度も起きなかった」
 

あるとき浮かんだ考えは・・・<次回へ続く>