地域に愛される、伊豆下田〈高橋養蜂〉との出会い。“ミツバチの楽園”という夢がつなげてくれた里山の縁。

地域に愛される、伊豆下田〈高橋養蜂〉との出会い。“ミツバチの楽園”という夢がつなげてくれた里山の縁。

人との縁がつながって、ワクワクする展開に

伊豆下田に移住して5か月の津留崎さん。ここでの暮らしにも少しずつ慣れ、人との縁もつながり始めています。今回は、下田の里山にミツバチの楽園をつくりたいという夢を持つ養蜂家さんについて。里山で農的な暮らしをする人たちとの、いい出会いがあったようです。

少し涼しくなって海水浴場から磯へと遊ぶ場所が変わりました。季節ごとに変わる楽しみ方を探っていきたいです。須崎恵比寿島にて。

身軽でいることでひろがる縁

下田に暮らし始めて5か月が経ちました。「暮らしを考える旅」というタイトルのこの連載。暮らしを考えるうえでは切っても切れない収入のことを少し。

東京で会社員をしていたとき、収入は安定していました。ですが、移住後の僕の収入はとても不安定です。

vol.017『仕事を決めずに移住? 新しい土地でナリワイを見つける』でも紹介しましたが、いまのところの収入の柱は看板づくりの仕事です。といっても正社員としてフルタイムで働いているわけではありません。

妻はフリーランスのフォトグラファーで、現状、東京での仕事がほとんどです。仕事が入ったときには泊りがけで行くことになり、その際には僕が娘の世話をしなければなりません。また、僕としても、ひとつの仕事にこだわるのではなく、この地域で自分が必要とされる仕事、自分が生かせる仕事を探っていきたいという思いがあります。

そんな事情から、平均して平日の3〜4日は看板をつくり、ほかの日は文章書きや飲食店、民宿の手伝いなどの仕事をして家賃や生活費を捻出しています。でも、その状況だからこそ時間の融通がきき、惹かれるイベントやお誘いがあれば顔を出せるというメリットもあります。結果、地域や人とつながりやすく、さまざまな縁に恵まれてきました。

収入は東京での会社員のときと比べると半分以下です。落ち着かないヤツだ……と敬遠されることもあります。けれど、移住したばかりのこの時期は、収入にこだわらずに身軽にあちこちに顔を出して、さまざまな縁をつくっていく期間と割り切ることにしました。

そして、いままた、そうしてつながった縁からワクワクすることが始まろうとしています。

フォトグラファーの妻は、魅力的な食の生産者を撮影することをライフワークとしています。

例えば家族で旅をしていても、魅力的な生産者に出会い、撮影の許可をもらうと家族旅行そっちのけで撮影モードに。そんなとき、僕と娘は「また始まっちゃったね……」と半ば呆れてふたりで過ごしています。

(そんな傾向から生まれたのが妻のコロカルでのもうひとつの連載「美味しいアルバム」です。この連載が始まってからはあまり更新されていませんが、ぜひご覧ください)

そして、暮らし始めた下田でも、魅力的な生産者に出会うと熱に浮かれたようにその生産現場の撮影に行っています。この連載でも何度か紹介している飲食店〈Table TOMATO〉で知った〈みかんの蜂蜜〉をつくる養蜂家、〈高橋養蜂〉の高橋鉄兵さんに対しても、その触手が伸びたようです。

高橋さんのつくるはちみつはTable TOMATO以外にも地元産食材にこだわった飲食店や直売所、お土産屋で扱いがあります。そのあちこちで、高橋さんは養蜂への愛がすごい人だとの噂を耳にします。妻はそんな高橋さんの養蜂の現場を撮影させてもらいたいと連絡をとっていたのです。

ちょうど養蜂の現場を撮影するフォトワークショップがあるということで、高橋さんからお誘いいただき夫婦で参加することに。(こういったお誘いもフルタイムで働いていたら対応できなかったのかもしれません)そして出会った養蜂家、高橋鉄兵さん。噂にたがわない養蜂愛、ミツバチへの愛に溢れる方でした。

高橋さんは、いくつもの仕事を持っている移住者の僕に興味を持ったようです。じっくり話をしましょうということで後日、再び訪ねました。

広大な荒れた畑を、ミツバチの楽園に

高橋さんは、もともとは東京のベッドタウンでもある神奈川県海老名市在住でした。リーマンショックにより経済が大打撃を受けるのを目の当たりにして価値観が大きく変わったそうです。

そして、当時、夢中になっていた養蜂にさらにのめりこみ、祖母の家があった下田に移り住み、養蜂業を営むようになったと。ミツバチへの強い思いがあったからこそ、こつこつと努力を積み重ねることができたのでしょう。この何年かは安定して質の良い蜂蜜がとれるようになりました。

そして、高橋さんの養蜂に対する純粋な気持ちが地域の人の共感を呼び、つくるはちみつはどんどんと評価されるように。

そして、最近借り始めた広大な土地をミツバチの楽園にする計画についてうかがいました。

現状は高橋養蜂のミツバチは、高橋さんが維持管理する蜜源植物(ミツバチが蜜を集める植物のこと)だけではなく近隣の花々の蜜を集めています。なかには農薬を使用する農家さんもいらっしゃいます。農薬に弱いミツバチを守るために、農薬散布の際には巣箱を移動しなければならないそうです。

そこで近所の農家の方がみかん畑、キウイ畑として使っていた広大な土地を借り受けたことをきっかけとして、そこを自らが維持管理する蜜源植物で満たすミツバチの楽園にする夢を抱いたといいます。

そして向かった楽園候補地。未舗装の険しい砂利道をしばらく登りきったところに、その土地はありました。

確かに楽園になりうる可能性を持ったすばらしい土地です。でも、しばらくは手つかずだったこともあり、もともとのみかん畑は鹿にひどく荒らされています。

樹皮をはがされてしまい再生不可能と判断された木はすでに伐採していますが、さらに根まで撤去する必要があるそうです。その後、獣害対策をし、さまざまな蜜源植物を植えて獣害対策をしながら育て、ミツバチの楽園とする計画です。

なんとも壮大な話……。

どこまで手間がかかるのか想像できませんが、簡単ではないことは容易にわかります。

荒れた土地と未舗装の道も含めて再生、管理することを考えると、僕にはそこをミツバチの楽園にするという夢を現実のものとして考えられません。壮大すぎる夢に思えてしまうのです。

でも、高橋さんのミツバチへの愛、養蜂への情熱の前ではそんなことは障害にも感じられないのでしょう。彼と話していると、ここがミツバチの楽園になることが当たり前のことのように思えてくるから不思議です。

そして、僕がこの地で求められる仕事をしていきたいと語っていたこともあり「ここをミツバチの楽園にするのに力を貸してほしい」と声をかけていただきました。

とてもうれしい話ですが、いまの自分にその楽園づくりのために何ができるのか? 見えないところもあります。自分には樹木の伐採やら林道を整備するといった、この計画に欠かせないスキルがありません。それで少しとまどっていたのです。

でも、高橋さんは

「僕も最初は何もできませんでした。できるようになるもんです」と。何ができるのか? ばかり考えて尻込みしていては夢なんて実現できるわけがない、そんなあたり前のことに気づかされました。

まちから里山へ。農的暮らしをする人たちとの縁

後日、高橋さんから連絡が。先日の畑とは別の、自宅近くのブルーベリー畑が鹿に荒らされてしまったというのです。その獣害対策のため、柵をつくるのを手伝ってくれないかとのことでした。

ブルーベリーは蜜源植物でもあり、作物としても出荷している高橋養蜂にとって大切な果樹です。獣害対策の柵……、田舎暮らし初心者の僕はもちろんつくったことがありません。そんな僕が行って力になれるのだろうか? 一瞬ひるんでしまいましたが、先日の高橋さんの言葉を思い出し、ありがたく引き受けました。

そして、「高橋養蜂は俺が守る!」くらいの気持ちで獣害対策の柵づくりに向かいました(単純なのです)。

こうして対策を講じながらも、昨年は出なかった被害が今年は出るようになったことが気になってしまいます。森の生態系に何か変化が起きているのでしょう。問題は根深いのかもしれません。

今回の柵のつくり方は下田の隣、南伊豆町で野生動物の食肉処理を通して森を守る活動を行っている株式会社〈森守(もりもり)〉の黒田利貴男社長、直伝の方法です。

当初、高橋さんは柵の見積もりを一般的な方法でとったところ、想像以上に高くなってしまったそう。そこでいつもサポートしてくれる黒田社長に相談を持ちかけました。そして、安い材料でできる確実な方法を教えていただけることになったといいます。

黒田社長は「この方法が獣害に悩む農家さんに浸透していってほしい」とおっしゃっていました(詳細を知りたい方は僕まで連絡ください)。

世代間でこうして知恵が伝わり地域が守られるというのは、本来あるべき姿といえます。

やはり高橋さんを応援する稲作農家の中村大軌さん。若い方ですが、南伊豆で最大の耕作面積をもつ〈南伊豆米店〉(株式会社アグリビジネスリーディング)の代表を務められています。休耕田を再生し景観と環境に配慮した米づくりと樹木の伐採などの林業。多角的に伊豆の里山に関わっています。だからこそミツバチの重要性を感じているのでしょう。

2日間でブルーベリー畑の獣害対策の柵は完成しました。この方法でミツバチの楽園の獣害対策もしていくのです。楽園づくりのため、何ができるのだろうと尻込みしていた自分ですが、この経験を通してできることが増えたわけです。こうしてひとつひとつできることを増やしてこつこつと積み重ねていけば、楽園は夢ではない、そんな実感が涌いてます。

そして、この2日間、下田や南伊豆の農家さんや山に関わる人たちが、入れ替わりたちかわり訪れてきました。それほどに高橋さんの養蜂が地域に受け入れられ、愛されているということでしょう。

ありがたいことに僕も高橋さんの人望にあやかって多くの方との縁ができました。さらっと紹介しましたが、それぞれの方が深く魅力的な活動をしていて、じっくりとお話をうかがってこの連載であらためて取り上げたいと思える方たちばかりです。

やはり高橋さんを応援する下田の農家〈ひらたけのクレソン〉のおふたり(平山武三さん、小泉則幸さん)も様子を見にいらっしゃいました。栄養価が高いことで知られるクレソンを専門につくられています。下田の飲食店でひっぱりだこの注目の農家さんです。高橋さんのお母さまは手伝いに来る人を常に気かけてくれる高橋養蜂のムードメーカー。うかがうたびにおいしく温かい昼ごはんをごちそうになってます。

それまでも縁が広がっている実感はありましたが、暮らし始めた場所が下田のまちの中心に近い立地ということもあり、知り合う人はまちの飲食店や自営業者の方が多かったのです。

vol.19『思いもしなかった心地よさ。移住した伊豆下田、小さなまちでの小さな暮らし』で書いた通り、まちでの暮らしを楽しんではいたものの、当初思い描いていた移住のイメージ「里山での農的暮らし」から離れていることに焦る気持ちはありました。

そんななか、こうして農的暮らしを実践する人たちとの縁ができ始めたのです。いまのところは、そんな暮らしをする人たちと出会っただけで、自分は何も実践できていません。まだまだです。でも、少なからず道が開けてきたように感じています。

さあ、これからどのような展開が待っているのでしょうか。下田暮らしは始まったばかりです。

身軽でいたからこそのこの展開。しばらくはこんな感じでいこうと思っています。

information

高橋養蜂

住所:静岡県下田市箕作787-1

TEL:0558-28-0225

Web:http://takahashihoney.net/

文 津留崎鎮生

text & photograph

Shizuo Tsurusaki

津留崎鎮生

つるさき・しずお●1974年東京生まれ東京育ち。大学で建築を学ぶ。その後、建築家の弟子、自営業でのカフェバー経営、リノベーション業界で数社と職を転々としながらも、地方に住む人々の暮らしに触れるにつれ「移住しなければ!」と思うように。移住先探しの旅を経て2017年4月に伊豆下田に移住。この地で見つけたいくつかの仕事をしつつ、家や庭をいじりながら暮らしてます。Facebook Instagram

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