『黒漆舟守祝猫』(2019) (C) Kenji Yanobe / Photo: Nobutada Omote

船乗り猫が運ぶ、その土地土地のストーリー

大航海時代、船乗りたちは猫とともに旅していたという話をご存じでしょうか?ネズミを捕らえるハンターとして船に乗せられた猫たちは、船員たちを疫病から守り、心を癒す友となりました。また、かつて古代エジプトで繁栄した猫たちは寄港する先々で降り立ち、世界中に伝播したといわれています。

今日ご紹介するのは、そんな「船乗り猫」をモチーフにした彫刻作品『シップス・キャット(SHIP’S CAT)』。アーティストのヤノベケンジさんが2017年から制作を続けている作品シリーズです。こちらは、最新作の『黒漆舟守祝猫』(くろうるしふなもりいわいねこ)。

『黒漆舟守祝猫』(2019) (C) Kenji Yanobe Photo: Nobutada Omote

『黒漆舟守祝猫』(2019) (C) Kenji Yanobe Photo: Nobutada Omote

これは、ヤノベさんと漆職人の出会いから生まれたコラボレーション作品。ヤノベさんが制作した猫彫刻の上につややかな黒漆が塗られ、宝船や鯛など海にまつわるさまざまな縁起モチーフが金とプラチナによる蒔絵とアワビの螺鈿で施されています。

『黒漆舟守祝猫』(2019) (C) Kenji Yanobe / Photo: Nobutada Omote

『黒漆舟守祝猫』(2019) (C) Kenji Yanobe / Photo: Nobutada Omote

ヤノベさんも漆のワークショップに参加して技法を学び、職人さんと相談しながら、半年間かけてつくられました。

『黒漆舟守祝猫』(2019) (C) Kenji Yanobe / Photo: Nobutada Omote

『黒漆舟守祝猫』(2019) (C) Kenji Yanobe / Photo: Nobutada Omote

この作品はすでにコレクターの方の手にわたってしまったそうです。ヤノベさんは次のように語ってくれました。

「太陽、宝船、千鳥、鯛など、幸運を呼ぶモチーフを施し、この猫を手にした方が幸せになるようにという願いを込めて制作した作品です。人の手を渡っていくことで、持ち主とのさまざまなストーリーを宿らせながら猫が未来へと旅をしていくのも面白いかなと思っているんです」

もともと『シップス・キャット』は、全長3〜4メートルにもわたる作品シリーズ。このシリーズが生まれたきっかけから、これまでの作品もご紹介していきましょう。

このシリーズが生まれたのは、いまや鎌倉から博多まで、日本各地にあるコミュニティホステル〈WeBase〉からの依頼がきっかけでした。ヤノベさんは博多で最初にオープンした〈WeBase〉の建築設計の段階から関わり、「その土地土地のパブリックアートになるような作品をつくってほしい」という依頼を受けたのだそうです。そこでヤノベさんが注目したのが、博多が日本最古の港といわれ、船旅の拠点であったということ。そこから世界中を旅する人たちを見守るパートナーとして想起させられたのが、大航海時代に船乗りたちと旅をしていた猫という存在。

『SHIP'S CAT (Harbor)』(2017)大阪南港エリアにて (C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI YANOBE Archive Project

『SHIP’S CAT (Harbor)』(2017)大阪南港エリアにて (C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI YANOBE Archive Project

さらに、日本では幸福を呼ぶ「招き猫」が普及していたり、古代エジプトには猫の頭を持つ「バステト」という女神がいたりと、守り神のようにも扱われてきたことから、「旅の守り神」というコンセプトを考案。そうして誕生したのが、真っ白な『SHIP’S CAT』でした。白い猫を見たら幸運が訪れるという言い伝えもありますね。

『SHIP'S CAT』(2017)WeBase 博多(福岡)(C) Kenji Yanobe / Photo:WeBase 博多

『SHIP’S CAT』(2017)WeBase 博多(福岡)(C) Kenji Yanobe / Photo:WeBase 博多

猫は建物に収まることなく、今にもまちへ飛び出さんばかり。そこには「まちへ出よ」というメッセージと、旅の安全や人生の出会いを導く守り神となり、若者たちの旅をサポートしたいという思いが込められています。

その後もヤノベさんは、京都や鎌倉や高松など、その土地土地に合わせた『シップス・キャット』をつくり出してきました。

『SHIP'S CAT (Totem)』(2018)WeBase 京都(京都)和紙作家とのコラボレーションによる作品。 (C) Kenji Yanobe and Eriko Horiki

『SHIP’S CAT (Totem)』(2018)WeBase 京都(京都)和紙作家とのコラボレーションによる作品。 (C) Kenji Yanobe and Eriko Horiki

こちらは、〈WeBase 広島〉にある『SHIP’S CAT (Fortune)』。天井から現れた猫は、海中に見立てたホステルのラウンジをのぞき込み、なかの様子をうかがっているようです。

『SHIP'S CAT (Fortune)』(2019)WeBase 広島(広島)(C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI YANOBE Archive Project

『SHIP’S CAT (Fortune)』(2019)WeBase 広島(広島)(C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI YANOBE Archive Project

大阪出身のヤノベさんが初めて広島を訪れたのは、修学旅行のとき。そのときに見た厳島神社の夢のような記憶から、海の中にある竜宮城のような空間を想起させました。部屋の中央に設えられたテーブルは、船の甲板をイメージしたもの。そこには、ここに集う世界中の人々に、お腹一杯食べて飲んで、楽しい時を過ごしながら、さまざまな出会いや経験といった旅の宝をたくさん持ち帰ってほしいという願いが込められています。

『SHIP'S CAT (Fortune)』(2019)WeBase 広島(広島)(C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI YANOBE Archive Project

『SHIP’S CAT (Fortune)』(2019)WeBase 広島(広島)(C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI YANOBE Archive Project

壁には、牡蠣、もみじ饅頭、お好み焼き、厳島神社、千鳥などの広島名物や名所が絵巻物のように描かれています。それは、広島の旅を豊かに広げてくれる、船乗り猫の冒険物語。「それぞれのまちに合った物語を作品に落とし込んでいるんです」と、ヤノベさん。

『SHIP'S CAT (Black)』(2017)「重陽の芸術祭 2017」霞ヶ城[二本松城] 本丸跡(福島)(C) Kenji Yanobe / Photo: Kenji Aoki

『SHIP’S CAT (Black)』(2017)「重陽の芸術祭 2017」霞ヶ城[二本松城] 本丸跡(福島)(C) Kenji Yanobe / Photo: Kenji Aoki

『シップス・キャット』シリーズでは白い猫をモチーフにすることが多いヤノベさんですが、じつは黒い猫もつくられています。

こちらは、2017年に福島で開催された「重陽の芸術祭」に出品された『SHIP’S CAT(Black)』。

『SHIP'S CAT (Black)』(2017)「重陽の芸術祭 2017」霞ヶ城(二本松城)本丸跡(福島)(C) Kenji Yanobe / Photo: Kenji Aoki

『SHIP’S CAT (Black)』(2017)「重陽の芸術祭 2017」霞ヶ城(二本松城)本丸跡(福島)(C) Kenji Yanobe / Photo: Kenji Aoki

霞ヶ城(二本松城)本丸跡から、眼下を見守るように立っています。

じつは暗闇でも目が利く猫は、迷いの世界に光を差し込み、先を見通して厄災を払い幸福を呼ぶ神様の使いとして愛されてきたのだとか。この『シップス・キャット』も目が光り、暗闇を照らして冒険の旅を守るという願いが込められています。また、周囲の風景が映り込むステンレス製の猫スーツには、この場所に新しい風景をつくり出すという意図もあるようです。

京都造形芸術大学 ウルトラファクトリーで制作するヤノベさん。(C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI YANOBE Archive Project

京都造形芸術大学 ウルトラファクトリーで制作するヤノベさん。(C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI YANOBE Archive Project

ヤノベさんは1997年にガイガーカウンターを搭載したヒト型放射線感知スーツ「アトムスーツ」を着て、原発事故後のチェルノブイリを探訪するアートプロジェクト『アトムスーツ・プロジェクト:チェルノブイリ』を敢行。90年代から制作を通して原子力や核の問題と向き合い続けています。2011年には、福島第一原発事故を受け、高さ約6メートルの子どもの像『サン・チャイルド』を制作しました。

ヤノベさんは「原子力、核の問題は人類全体の問題として考えなければいけないと僕自身は思っています。今や地球はひとつの船のようなものです。気候変動やエネルギー問題で揺れる人類の航海を猫が導いてくれたらと願っています」と語ります。

アーティストのヤノベケンジさんと『SHIP'S CAT (Harbor)』(2017)。大阪南港エリアにて。 (C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI Yanobe Archive Project

アーティストのヤノベケンジさんと『SHIP’S CAT (Harbor)』(2017)。大阪南港エリアにて。 (C) Kenji Yanobe / Photo: KENJI Yanobe Archive Project

日本人は、昔から幼いものや動物を「かわいい」と愛で、芸術作品も数多く生み出してきました。ヤノベさんの作品には、そういった普遍的なかわいらしさと生命力の強さが同居しているような気がします。旅先で見かけた際は、ぜひゆっくり鑑賞してみてください。

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writer profile

Yu Miyakoshi

宮越裕生

みやこし・ゆう●神奈川県出身。大学で絵を学んだ後、ギャラリーや事務の仕事をへて2011年よりライターに。アートや旅、食などについて書いています。音楽好きだけど音痴。リリカルに生きるべく精進するまいにちです。