大河ドラマ『龍馬伝』や映画『るろうに剣心』『3月のライオン』などで知られる大友啓史監督の最新作『影裏(えいり)』が、2月14日に公開となる。本作は、大友監督の故郷・岩手県盛岡市を舞台にした芥川賞受賞の同名小説が原作で、オール岩手ロケで撮影された。一方、コロカル統括プロデューサーの及川卓也も、故郷・岩手県一関市の食文化をテーマにした映画『もち』をエグゼクティブプロデューサーとして製作。これは4月から渋谷ユーロスペースや一関市内で上映される。

ともに高校卒業後に故郷を離れ、あえて東京から岩手を見続けてきた、いわゆる「関係人口」ともいえるふたり。岩手への思いや、地方ならではの「地に足をつけた生き方」、岩手を舞台にした映画に託したメッセージなどを語り合った。

バンカラ(ハイカラに対抗し、あえて粗野で男らしい学生服などを好むスタイル)の伝統が残る高校出身、『POPEYE』『Hot-Dog PRESS』が流行った時代に高校生活をおくるなど、共通点が多いふたりの話は弾む。

バンカラ(ハイカラに対抗し、あえて粗野で男らしい学生服などを好むスタイル)の伝統が残る高校出身、『POPEYE』『Hot-Dog PRESS』が流行った時代に高校生活をおくるなど、共通点が多いふたりの話は弾む。

初任地の秋田で芽生えた、「リアリティ」の表現への思い。

及川卓也(以下、及川) 『影裏』は、主人公の青年、今野(綾野剛)が、見知らぬ土地で唯一心を許した友、日浅(松田龍平)との出会いと別れを経験し、その後、姿を消した友の本当の姿を探しながら喪失と向き合い、再生していく物語です。盛岡が舞台なので、全編を監督の地元である岩手で撮影していますが、撮影中の故郷はいかがでしたか。

大友啓史(以下、大友) 高校を卒業してからずっと県外で暮らしていたので、今まで知らなかった盛岡・岩手の魅力をたくさん発見しました。映画のフレームを通して故郷を再発見していく今回の映画づくりは、とてもおもしろくて刺激的で、「灯台下暗し」だなあと。

及川 おっしゃるとおりです。外から見て初めて、発見することも多いですよね。

大友 同時に、かつて「イケてない」と思っていたことが、「イケてる」ということにも気づきました。僕が東京で学生時代を送っていた頃はちょうどバブル期で、「文化の中心は東京」というムードがあり、そこで暮らすことが楽しかった。ですから帰ろうとは思わなかったし、たまに帰ると、若いから、嫌なところばかりが目についていて……。

今野秋一(綾野剛)は、会社の転勤で移り住んだ岩手・盛岡で、日浅典博(松田龍平)と出会う。慣れない地でただひとり、日浅に心を許していく今野。しかし、次第に今野の知らなかった日浅の顔が見えてくる。(『影裏』)

今野秋一(綾野剛)は、会社の転勤で移り住んだ岩手・盛岡で、日浅典博(松田龍平)と出会う。慣れない地でただひとり、日浅に心を許していく今野。しかし、次第に今野の知らなかった日浅の顔が見えてくる。(『影裏』)

及川 僕も同じです。バブル期に定着した「お金を稼いで消費するライフスタイル」を謳歌していました。フリーランスのライター・編集者としてサブカル系の記事や話題を扱い、その後、雑誌『an・an』の編集部で働いて、とにかく東京での生活が楽しかったですね。

大友 あの頃は、東京自体がひとつのメディアという感覚があり、地方に住んでいる人は「東京を経由しないと何も発表できない」と感じていました。それなのに、最初に入社したNHKで赴任したのが秋田県。東京のような刺激や華やかさがない「地方」赴任、どうしよう、大丈夫かなあという意識でしたね。

及川 え、そうだったんですか。

大友 当時は秋田新幹線が開通しておらず、盛岡からローカル線に乗り換えて行ったのですが、窓から見える景色が、家屋が減ってどんどん寂しくなるにつれ自分の気持ちも寂しくなり、「ああ、ここで3、4年暮らすのか……」と思いました。ところが「住めば都」で、地元の特産品や祭り、言葉などにふれ、そこで暮らす人々の「地に足をつけた生き方」を知りました。そして、バブルの頃に触れたピカピカなものよりも、手垢の残っているもの、汗をかいた痕跡、エイジングといった、人の体温が感じられ、生きている証が見える「リアリティ」に、何よりも惹かれていったんです。今の僕が作品のなかで表現する「リアリティ」というものへの執着は、この頃に芽生えた気がします。

ひとりで映画館に通った高校時代、暗闇の中で観た映画の香りや手触りが忘れられない。こういう映画をつくりたいという思いが、『影裏』の根底にあるような気がする」と大友監督。

ひとりで映画館に通った高校時代、暗闇の中で観た映画の香りや手触りが忘れられない。こういう映画をつくりたいという思いが、『影裏』の根底にあるような気がする」と大友監督。

東京から見た「岩手的」なるもの

及川 今考えると、東京では、「高度な分業」化がどんどん進み続けているような気がします。それに慣れてしまうと、東京では、仕事の全体像を見ることが苦手になってくる。それに対して地方では、もともと全部やらなくてはいけない。根っこというか足場があるんですよね。2012年にコロカルというメディアを立ち上げたのは、「新しいことをやりたい人は、都市部の真ん中ではなく、地方を選ぶ傾向がある」と感じたからなんです。そして僕自身も、コロカルを立ち上げたことで故郷の岩手を見直すことになりました。

大友 現代のように情報があふれるなかで、どこに定点を置いて発信すれば良いかと考えたとき、東京よりも地方から発信したほうがダイレクトにいろいろなものと結びつけられるのではないか、と感じますよね。

800年前の景観がほぼそのまま守られてきた一関市の本寺地区に住む14歳のユナ。祖母の葬式で臼と杵で餅をつく祖父に唯一寄り添う。通っていた学校が閉校するなど、移り変わる時代を過ごしていくユナの日常。あこがれの先輩も遠く離れていく。(『もち』)

800年前の景観がほぼそのまま守られてきた一関市の本寺地区に住む14歳のユナ。祖祖母の葬式で臼と杵で餅をつく祖父に唯一寄り添う。通っていた学校が閉校するなど、移り変わる時代を過ごしていくユナの日常。あこがれの先輩も遠く離れていく。(『もち』)

及川 『影裏』は、ロケ地としてだけでなく感覚として「岩手的」だと思います。「リアリティ」も含め、監督自身の感性が反映されているとも感じました。例えば、主役である今野と日浅の寡黙さや繊細さ。これは監督が岩手で培われたもの、あるいは岩手のアイデンティティでしょうか。

大友 そうだと思います。僕が若い頃から東北人として持っているコンプレックスのひとつが、パフォーマンスやプレゼンテーションが下手であるということ。今はツイッターが全盛の時代ですが、東北人はたとえ140字でも、つぶやく前に、少し考えて言葉をためこむ工程が必要なんじゃないかと。でもこの工程により、言葉が発酵したり熟成されて、洗練されるんです。思いつきで発することはせず、どういう言葉が美しいのか、相手に届くのかを熟慮検討する。岩手や東北からすぐれた文学が多く生まれているのも、そういうことではないでしょうか。

及川 僕は『影裏』の中の会話の「間」や余白が、石川啄木の3行書きに通じると思いました。3行書きは余白の詩ですから。

大友 そうかもしれませんね。東北人の「言葉をためこむ工程」のベースには、相手のことを慮る心があると思うんです。これが東北の文化で、そういう生き方を強いられてきたのが東北人。東日本大震災のとき、お腹がすいたり困っていても、列に並んだり、もっと困っている人に譲ったりしたことが、海外から「日本的」と評されましたが、あれは日本的というよりも東北的だと思います。

大友監督が「映画の肝」と考える、川辺のキャンプのシーン。(『影裏』)

大友監督が「映画の肝」と考える、川辺のキャンプのシーン。(『影裏』)

及川 なるほど。先ほど石川啄木のことを言いましたが、日浅がザクロを食べるシーンを観て、宮沢賢治も頭に浮かんだんですよ。日浅の寡黙な終末観の裏に激しい思いがあるように感じ、『風の又三郎』に出てくる「ドッドドド、ドウド、ドドウド、ドドウ、ああまいざくろを吹き飛ばせ……」という歌を思い出して。日浅の終末観、それは「大きなものが崩壊する」ことに対するフェティッシュ(崇拝)の感覚だと思いますが、それが映画のキーポイントのような気がします。

大友 小さい頃から川釣りをして育った日浅は、モノ言わぬ自然が何を言おうとしているのかを知っている。その象徴が、空を見て明日の天気を推測するシーンです。しかも天気を推測するのは、「仕事に支障が出るなあ」ではなく、「釣りができるかなあ」ということ。日浅は、仕事が基準ではない価値観を持っている人間なんですよね。そういう人間が発する「シグナル」を、観る人が気づくかどうか、というのがこの映画の軸だと思っています。

川釣りのシーンでは、自然の光や音の美しさが印象的。(『影裏』)

川釣りのシーンでは、自然の光や音の美しさが印象的。(『影裏』)

フィクションだが、ドキュメンタリー的でもあるふたつの映画

及川 確かに『影裏』は、ストーリーが前面に立ってくる映画というよりも、観る人の感性や無意識領域に響いてくる、神話的な物語だと思います。

大友 ありがとうございます。私もこの映画は、感性はもちろん、年齢や住んでいる地域、男女など属性によって見え方がまったく違ってくる映画だと思っています。

及川 実は、私が製作に関わった『もち』という映画も、ある意味、神話的・寓話的な映画だと考えているんです。この映画は、2008年の岩手・宮城内陸地震で崩落した祭畤(まつるべ)大橋の近くの集落に住む中学3年生の少女が主人公で、彼女も含め、出演者に役者はひとりもいない。そこで、日々の暮らしに対する思いをいったんシナリオに落とし込んで、自分の言葉で語ってもらうという演出方法をとりました。ドキュメンタリーでもフィクションでもない、ちょっとハイブリッドな映画です。

大友 うらやましいですね。

及川 少女が通う中学校の生徒数は14人で、家から離れているので親が学校まで送り迎えをしたり、先生がマンツーマンに近いかたちで指導したり、地域の人が郷土芸能の神楽を教えたりと、地域の中で育てられている。そんなユートピアみたいな場所ですが、時代とともにいろいろなものがなくなっていく。そんな喪失感を抱えながら、これからどう生きていくかを考えていこう、というのがこの映画のテーマなのです。これは日本のどの地方にもある普遍的なものではないでしょうか。そして『影裏』もまた、日本各地の地方にある普遍的な物語で、そこに映画の価値があるような気がします。

さまざまな形のお供えもちに、一関市のもち文化の奥深さが感じられる。(『もち』)

さまざまな形のお供えもちに、一関市のもち文化の奥深さが感じられる。(『もち』)

大友 NHK時代にドキュメンタリーを制作するなかで、時代やその土地の歴史・自然とともに暮らし、不平を言うことなく、当たり前にその人生を過ごしていく人たちを美しいと感じるようになりました。また秋田で、まちで1軒の床屋を営む女性を取材したときに聞いた話が、すばらしい物語でした。そうした人生や物語は実は各地にあふれているけれど、一般的には陽が当たらず、人々の記憶にとどまることはないんですよね。

及川 おっしゃるとおりです。

大友 でも、地方にあふれる、濃密な人間関係や感情、土地に対する愛情などに目を向けることで、そうした物語を思い出すことができます。僕にとって『影裏』は、そんな物語とどこかつながっている映画なんです。それと、今野や日浅のような寡黙な人たちが言いたくても言えなかった世の中へのメッセージ、あるいは、表に出せなかった愛とか悲しみといった当たり前の感情を、発掘して画面に映し出す映画でもある。その点で、どちらかというとドキュメンタリーに近いスタンスの映画です。

「『影裏』に潜むさまざまなメッセージは、見終わってすぐに気づくものではなく、時間をかけて見つけていくものかもしれない」と及川。

「『影裏』に潜むさまざまなメッセージは、見終わってすぐに気づくものではなく、時間をかけて見つけていくものかもしれない」と及川。

雪降る中でユナと祖父が餅つきをする光景には、荘厳さが漂う。(『もち』)

雪降る中でユナと祖父が餅つきをする光景には、荘厳さが漂う。(『もち』)

及川 先ほど『影裏』を「神話的な映画」と言いましたが、『影裏』と同じく台詞が少なくやはり神話的であるフィンランドのアキ・カウリスマキ監督の映画とは、また雰囲気が違います。カウリスマキ監督の映画は乾いた感じだけれど、『影裏』は光や陰影や湿度にあふれていて、しっとり加減が心地いい。これは大友監督の力であり、岩手の力かなと。

大友 おもしろい視点ですね。僕はカウリスマキ監督の映画が大好きなんですよ。フィンランドの首都のヘルシンキと盛岡はまちの規模(面積)が近くて、寒さも同じですが、彼はシニカルな視点で映画を撮っていて、おっしゃるように、岩手のように湿度や四季を感じる土地ではないですよね。それにしても、カウリスマキとは、おもしろいキーワードが出てきました(笑)。

及川が「印象的」と感じた、今野と日浅のシークエンス。(『影裏』)

及川が「印象的」と感じた、今野と日浅のシークエンス。(『影裏』)

及川 今野と日浅が一緒に店で酒を飲んだりジャズを聴いたりするシークエンス(挿話シーン)も、印象的でした。ふたりがバカ騒ぎするでもなく静かなたたずまいで、まちで何かを感じている時間は、都市部とは違うなと。

大友 『影裏』では、人間は人からだけでなく、場や時間の流れの影響を受けるということを意識しました。東京と地方では時間の流れが違うので、地方ならではのたゆたうような時間の流れを撮影するためには、東京とは異なる撮影手法を取り入れないといけませんでした。

参道にある〈白龍〉(写真右)は、盛岡名物「じゃじゃ麺」の元祖の店として知られる。大友監督が高校時代に通った思い出の店。

参道にある〈白龍〉(写真右)は、盛岡名物「じゃじゃ麺」の元祖の店として知られる。大友監督が高校時代に通った思い出の店。

及川 東京は感情をとどめておかないと生きていけない場所ですしね。

大友 そうです、感情を殺さないと物事が進まない。それに対して地方には逆に、心だけが浮き彫りになる場所があります。例えば、映画の中の川辺のキャンプのシーン。余分なものがない、月明かりだけが頼りのあの川辺は、日浅にとって世界と自分だけが対峙する場所。そこに余計なものを持ち込もうとする今野に、日浅はイライラしたわけです。彼にとって大事なのは、たき火と今野だけ。この点が本当に伝わればいいなと。これが伝わるかどうかが、映画の肝だと思っています。

盛岡駅前の開運橋から望む北上川と岩手山は、大友監督の好きな風景のひとつ。残念ながら、撮影当日は岩手山に雲がかかっていた。

盛岡駅前の開運橋から望む北上川と岩手山は、大友監督の好きな風景のひとつ。残念ながら、撮影当日は岩手山に雲がかかっていた。

土地の素材をつかった「クラフトムービー」

及川 『影裏』は、原作者も岩手在住で、地元のテレビ岩手の周年事業というプロジェクトで、地元の人たちが関わってつくり上げた映画。この意義は大きいのではないでしょうか。

大友 そうですね。特に、ローカル局が周年事業で映画製作をやる意味は大きいと思います。打ち上げ花火のような1回きりの派手なイベントになりがちなところを、きちんと地に足つけて、文化として残るものをやるということが。地域で何をやるのか、というメディアのあり方が問われている時代でもありますから。

及川 周年事業で映画製作に取り組むテレビ岩手の姿勢もまた、「岩手的」なのかもしれませんね。

大友 僕は『影裏』を、クラフトビールならぬ「クラフトムービー」と表現しているんです。クラフトビールのように、その土地のおいしい食材を使って職人が腕によりをかけてつくった結果、ほかでは真似できない、その土地独自のおいしい酒になる。そういう映画になればいいなと思っていました。地元の人たちと共同作業でつくるけれど、地元サービスに徹するわけでもなく、良い映画をつくることだけに集中する。でも結果として、地元の人に喜ばれるのではないか、と。そういうクラフトムービーを、今後もつくっていきたいですね。

映画『影裏』に登場する居酒屋〈番屋ながさわ〉で。映画では釣りのシーンが大きな役割を果たしているが、同店も魚介料理が看板の店。

映画『影裏』に登場する居酒屋〈番屋ながさわ〉で。映画では釣りのシーンが大きな役割を果たしているが、同店も魚介料理が看板の店。

30年以上前に故郷を飛び出したふたりは、日本中が華やかな空気をまとっていた頃、「都会の視点」で見る故郷のさまざまなものに、背を向けていた。

その後、次第に故郷の風景やそこで当たり前に生きる人たちの日常に価値を見いだし、それらを『影裏』『もち』という映画に昇華させた。

ふたつの映画には、都会の喧噪のなかで見過ごされてきた、日本各地の地方にあふれる普遍的な物語がある。ぜひ映画を観て、それを見つけてほしい。

profile

KEISHI OTOMO 大友啓史

1966年岩手県盛岡市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。90年NHK入局、秋田放送局を経て、97年から2年間L.A.に留学、ハリウッドにて脚本や映像演出に関わることを学ぶ。帰国後、連続テレビ小説『ちゅらさん』シリーズ、『深く潜れ』『ハゲタカ』『白洲次郎』、大河ドラマ『龍馬伝』等の演出、映画『ハゲタカ』(09年)監督を務める。2011年4月NHK退局、株式会社大友啓史事務所を設立。同年、ワーナー・ブラザースと日本人初の複数本監督契約を締結する。『るろうに剣心』(12)、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)が大ヒットを記録。『プラチナデータ』(13)、『秘密 THE TOP SECRET』(16)、『ミュージアム』(16)、『3月のライオン』二部作(17)、『億男』(18)など話題作を次々と手がける。2020年に『影裏』『るろうに剣心 最終章』が公開予定。

profile

TAKUYA OIKAWA 及川卓也

株式会社マガジンハウス クロスメディア事業局長/コロカル統括プロデューサー。アンアン編集長を経て、2012年「コロカル」を立ち上げる。地域支援クリエイティブスタジオとして国、自治体のブランド戦略、プロモーション支援、人材育成等を行う。新潟県ポータルサイト「新潟のつかいかた」、AIRDO機内誌「rapora」他編集プロデュース。「世界遺産平泉・一関DMO」理事。

information

『影裏』

2月14日(金)全国ロードショー

監督:大友啓史

出演:綾野剛、松田龍平ほか

原作:『影裏』沼田真佑(文春文庫刊)

脚本:澤井香織

音楽:大友良英

Web:https://eiri-movie.com/

information

『もち』

4月、渋谷ユーロスペースほか全国ロードショー

脚本・監督:小松真弓

エグゼクティブプロデューサー:及川卓也

プロデューサー:谷田督夫

撮影:広川泰士

照明:タナカヨシヒロ

整音:丸井庸男

編集:遠藤文仁

VFX:白石守

音楽:Akeboshi

音楽プロデューサー:山田勝也

(C)TABITOFILMS・マガジンハウス

writer profile

Tamaki Akasaka

赤坂 環

あかさか・たまき●フリーライター。岩手県盛岡市在住。「食」分野を中心に、県内各地を取材・原稿執筆。各種冊子・パンフレットの企画・構成・編集も行うほか、〈まちの編集室〉メンバーとして雑誌『てくり』なども発行。岩手県食文化研究会会員。

credit

撮影:川代大輔