さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。第9回は、ミュージシャンのKan Sanoさんが愛知県の離島で行われたフェス〈篠島フェス〉に出演した話。炎天下でのライブにはじまり、離島の雰囲気や泊まった旅館でのできごとなど、ライブはおろか、県外に出られない現状のなかで楽しかったフェスの思い出を綴ってくれました。

小さな離島、篠島で行われた〈篠島フェス〉の“思ひ出”

この数年ほぼ毎月地方で演奏してきたが、コロナが始まって以来ずっと東京にいる。ここまで県外に出ないのは久しぶりだ。どうやって息抜きをすればいいのか、いまだに答えが見つからない。自分にとってツアーやフェスは仕事でありながら、気分転換にもなっていたのだと痛感する。年間200本演奏した年もあった。会場の趣きやお客さんの表情は場所によってさまざまだ。それぞれの場所で生きる人たちにふれ、まちにふれ、文化を知る。ミュージシャンはラッキーな職業だなと思う。

ライブにまつわる思い出はたくさんあるが、大変な思いをしたイベントほどよく覚えているものだ。2年前の7月、愛知の離島、篠島のフェス〈篠島フェス〉に出演した。離島で演奏するのは初めての経験だった。バンドメンバーの森川君(bass)とシン君(drums)と早朝の東京で集合し車1台で出発。最寄りの港に着いたのは昼頃。まずはシラス丼をいただく。もともとシラスは好物だったが、自宅でメダカを飼い始めて以来、若干の複雑な感情をともないながら食べることになってしまった。その後小さなフェリーに乗り、島へ向かう。同伴スタッフはいないので自分たちで機材を手分けして運ぶ。

篠島のサイズがわかる。

篠島のサイズがわかる。

この日は夏一番の猛暑日。夏の東京の暑さは異常だが、愛知も負けてはいない。むしろ愛知のほうが暑く感じる。移動だけでかなり体力を消耗するが、途中船上に出て浴びた海風の心地よさに救われた。フェリーにはフェスのお客さんと思われる人もたくさん乗っていて少し気まずかった。

昼と夜で雰囲気が変わる神秘的な篠島

会場に着くとステージが2つあり、まわりにはお店が並んでいる。商業的なフェスとは違い、数分で1周できるアットホームな規模感がとても落ち着く。さっそく機材をセッティングするが、真っ昼間のステージは灼熱地獄。簡易的な屋根が一応設置されているが、ステージに日陰は見当たらず逃げ場がどこにも無い。巨大な業務用の扇風機が、ステージの両袖から絶えず空気を送り込んでいる。僕たちの出番の前には熱中症で倒れた人がいたと聞く。直射日光があまりに続くと音響機材が壊れる恐れがあるので、楽器をシートで覆いながらリハーサルを行う。

猛暑のなか行われたKan Sanoライブの様子。

猛暑のなか行われたKan Sanoライブの様子。

すでにメンバー全員大変な汗の量。漫画『スラムダンク』の汗の描写を想像してもらうとわかると思う。森川君もシン君も、ややお肉が充実した体型なので日頃から暑さを嫌う。いつにも増してつらそうだ。お客さんたちも相当つらいらしく、リハ中は客席を離れ、会場隅の日陰に避難していたが、本番にはちゃんとステージ前まで戻ってきてくれた。僕の曲はドラムのアレンジが激しめなので、ドラマーはかなりの運動量になるらしい。本来タフなはずのシン君が、本番を終えるとステージ裏で意識朦朧としていてさすがに心配した。この日、1時間ほどのステージで僕らは一生分の紫外線を浴びた。

その後出番を終えたレーベルメイトのマイキー(Michael Kaneko)たちと合流し、一緒にBBQ。鯛やホタテなど海の幸をいただく。夕方、民宿にチェックインするなりメンバーふたりは疲労のピークで爆睡。ふたりの低音成分多めのいびきが部屋中に響き渡り、気持ち悪い不協和音を生んでいた。思わずiPhoneのボイスメモに録音したが、くだらないものを録ってしまったと数分後には後悔した。横になってみたが結局眠れなかった。

仲間内ではしゃぐバーベキュー。

仲間内ではしゃぐバーベキュー。

夜は海の家に行き、フェスの打ち上げに参加した。出演者が全員集まっていたが、そもそも夜営業しているお店がほかにないのだ。お客さんたちはみんなフェリーで帰ったのだろう。夜の篠島は静かでどこか寂しげ、昼間とは別の場所にいるようだ。ビーチと山の間の道を歩いていると、頻繁に石像を見かける。篠島は伊勢神宮と古くから関わりがあるらしく、神社がとても多い。神秘的な雰囲気が島全体に漂っていて少し怖い。漫画『ゴールデンゴールド』の舞台である“寧島”と景色や空気が似ていることに気づくと、さらに怖さが増した。“フクノカミ”という祟り神に島の住民が翻弄されていくSFサスペンス漫画の世界に入ってしまったような感覚になった。

子どものお客さんが多いことも篠島フェスの特徴。仲よくピースサイン。

子どものお客さんが多いことも篠島フェスの特徴。仲よくピースサイン。

大人数の打ち上げは昔から苦手で、面識のない人が大勢いるのはどうしても落ち着かない。さらにそこに苦手なタイプの人間がひとりでもいると、地獄のような時間になってしまう。酔っ払って全裸で海に飛び込む男がいたり、芸人の打ち上げのようなノリでみんな大いに楽しんでいたが、まわりが盛り上がれば盛り上がるほど冷静になっていく自分がいた。

泊まった旅館では不思議なできごとも……。

バンドメンバーと宿に戻ると、夜の宿は昼間とはすっかり顔つきが変わり、不気味な空気が漂っている。築50年以上経過していると思われる小さな古い民宿だ。2階にある6畳ほどの畳部屋に3人で寝るのだが、僕の布団の目の前の壁には貞子が出入りできるくらいの大きな穴が空いている。個室の風呂が1階にふたつあるが、脱衣所前の暗い廊下には霊感ゼロの僕でも異様な空気を感じずにはいられない。

マイキーたちが先に風呂に入って撮影した動画に、いるはずのない人が映り込んでいたらしい。怖くなり動画はすぐに削除したという。そもそも何故、風呂で動画を撮るのか疑問に思ったがそこにはふれなかった。メンバーたちが風呂に入っている間、ひとりで部屋にいるのが怖いのでインスタライブをした。便利な世の中だ。壁の穴などおもしろおかしく紹介したが、内心は本当にびびっていた。その後ひとりで風呂へ。もちろんマイキーたちとは違うほうを選んだが、入浴中も生きた心地がしなかった。

脱衣所で着替えていると扉の向こうから何かがゆっくり迫ってくる気配を感じたが、正体は風呂の後片づけにきたオーナーのやさしいおばあちゃんだった。『シャイニング』3回分ぐらい怖かったが、コントのような見事な緊張と緩和に笑ってしまった。サスペンス映画は好きだが、実際に体験するのとは別問題だと思い知った。

隣はマイキーたちの部屋なので、彼らが留守の間にいたずらをしておこうという話になった。誰が言い出したのかは定かではない。みんなで手分けしてスリッパの場所を変えたり、テレビをつけてジャミジャミの状態にしたりした。本当は布団の中を水浸しにしたかったが、宿に迷惑をかけるわけにはいかないので泣く泣く諦めた。この話はいまだにマイキーに話したことはない。

寝る時間になっても森川君とシン君は、エアコンの温度を一向に変えたがらない。僕にとって夏のエアコンのベスト設定温度は27度か28度なのだが、ふたりは18度だという。結局、真夏の夜に羽毛布団にくるまって寝る羽目になってしまった。意識が遠くなる布団の中で、ツアーの相部屋は2度とやらないと心に誓った。

篠島に渡るフェリーは風が気持ちいい。

篠島に渡るフェリーは風が気持ちいい。

翌朝、日が昇ると宿の不気味な空気は完全に消え去り、島中がカラッとした雰囲気に戻った。体験型の長編映画をようやく見終えた気分だった。その後フェリーに乗り、車に乗り、6時間くらいかけて東京に戻ったはずだが、帰り道のことはよく覚えていない。

profile

Kan Sano 

キーボーディスト/トラックメイカー/プロデューサー。バークリー音楽大学ピアノ専攻ジャズ作曲科卒業。在学中にはみずからのバンドで〈Monterey Jazz Festival〉などに出演。 近年では、〈FUJI ROCK FESTIVAL〉、〈RISING SUN ROCK FESTIVAL〉、ジャイルス・ピーターソン主催〈World Wide Festival〉(フランス)など世界中の大型フェスに出演。2019年、シングル『Sit At The Piano』や『DT pt.2』がストリーミングサービスで500万回超えを記録するなか、アルバム『Ghost Notes』をリリース。すべての歌、楽器をみずから演奏し、ミックス、プロデュースまで完全にひとりで仕上げた同作品は日本国内はもとより、海外でも絶賛。UKで話題のアーティストTom Mischまでもが「Kan Sanoのファンだ」と公言し、みずからの日本・韓国公演のオープニングアクトとしてKan Sanoを指名。テレビ朝日「関ジャム 完全燃SHOW」にもプロデューサーとして出演し、SNSで驚異的なツイート数を記録する。

また自身の活動に加え、UA、Chara、絢香、SING LIKE TALKING、平井堅、土岐麻子、大橋トリオ、藤原さくら、RHYMESTER、KIRINJI、m-flo、iri、Madlibなど国籍もジャンルも超えたアーティストのライブやレコーディングにも参加している。キーボーディスト、トラックメイカーとしてビートミュージックシーンを牽引する存在である一方、ピアノ一本での即興演奏でもジャズとクラシックを融合したような独自のスタイルで全国のホールやクラブ、ライブハウスで活動中。

http://kansano.com/

writer

Kan Sano