小豆島で暮らし「小豆島日記」を連載中の三村ひかりさん。岩見沢市の美流渡(みると)地区で暮らし「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」を連載中の來嶋路子さん。伊豆下田で暮らし「暮らしを考える旅 わが家の移住について」を夫と連載中の津留崎徹花さん。

コロカルで連載する移住者3人が、初めてZoomでつながり、新型コロナウイルスで揺れるそれぞれの思いや暮らしについて、クロストークを繰り広げました。前後編でお届けします!

観光のまちで暮らすということ

徹花: 今回、下田が観光地なんだなということをあらためて感じて。観光地ならではの、複雑な状況を初めて知りました。もうすでに外から来る人が増え始めていて、海水浴場を開けるか開けないかということひとつにしても、地元同士でも人によって意識が違うので、すごく複雑。

三村: わかる、わかる。小豆島って観光地なんだなってあらためて感じました。観光地だけど、私たちにとっては暮らす場所。でも観光の人が来ないって、こういうことなんだって、すごく依存してるんだって強く感じました。ホテルだけじゃなくて、飲食店もお土産を製造している生産者もみんな影響受けてる。下田は、ホテルは?

徹花: ホテルは開き始めたかな。でも大きなホテルと個人経営のところと、規模によって違ったり。まちのお魚屋さんにしても、宿に卸してたから、宿が閉まると立ち行かないとか、こんな商売の人も観光で成り立ってたんだ、とか。あらためてそういう影響を感じてます。

來嶋: そうなんですね。こっちもけっこう観光地だと思ってたけど、おふたりの話を聞いたら観光客で経済が成り立っているわけではないことがわかりました(笑)。美流渡にあるゲストハウスはお客さんが来なくて困ってるところもあるけど、彼らはほかに農家のバイトをしたり、みんななんとか暮らしてますね。飲食店はもともと3つしかないし。カレー屋さんは営業を始めて、〈ミルトコッペ〉という人気のパン屋さんも数日前に開きました。

天然酵母を使い、薪窯で焼き上げた〈ミルトコッペ〉のパンは人気で、昼前に売り切れてしまうことも。(撮影:津留崎徹花)

天然酵母を使い、薪窯で焼き上げた〈ミルトコッペ〉のパンは人気で、昼前に売り切れてしまうことも。(撮影:津留崎徹花)

三村: こういう観光地だと、経済が連鎖して回ってるんですよね。そのなかに私たちも入ってるんだということが今回わかりました。私たちは農業をして、野菜を出荷して、カフェを経営してるけど、いまはカフェはお休み中。あとシロップなど加工品をつくってます。でも業務用の注文は、4、5月はほぼゼロ。5月末くらいから少しずつ戻ってきてるかな。

徹花: オンラインストアもリニューアルしたしね。

三村: そうなの、偶然そのタイミングで。応援してくれる人がたくさんいて本当にありがたい。カフェをお休みしてるから、オンラインで個人のお客さんと直接つながってる強さをすごく感じました。

〈HOMEMAKERS〉の商品だけでなく、小豆島の生産者のものも販売するオンラインストア。(撮影:三村ひかり)

〈HOMEMAKERS〉の商品だけでなく、小豆島の生産者のものも販売するオンラインストア。(撮影:三村ひかり)

徹花: 私は干物が好きで、いろんな干物屋さんに出入りしてるんだけど、インターネットで販売システムをつくってる干物屋さんは実はいますごく忙しい。逆に、そういうことをやってこなかったお店は、クレジット決済もないし、もちろんインターネット販売もしてない。いままで卸と、買いにきてくれるお客さんだけで成り立ってたから。そういうところは厳しいですよね。それで、そういう小さいお店を応援するSNSを立ち上げたんだけど。

徹花さんお気に入りの干物屋さんのひとつ〈山田ひもの店〉。徹花さんは下田の生産者や商店と都市部の人をつなげるSNS「伊豆下田、海と山と。」を立ち上げた。(撮影:津留崎徹花)

徹花さんお気に入りの干物屋さんのひとつ〈山田ひもの店〉。徹花さんは下田の生産者や商店と都市部の人をつなげるSNS「伊豆下田、海と山と。」を立ち上げた。(撮影:津留崎徹花)

三村: この先どうなるかまだわからないですよね。小豆島観光協会としては、本格的にウェルカムモードになるのは7月20日くらいかな。でも今年は夏休みも少ないからファミリーがどれくらいくるか。秋からまた閉めると決めてるホテルもあるみたい。このままホテルがつぶれたりしたらどうしようと思うけど、そこまで切実なムードが漂ってるわけでもないかな。

徹花: 切実なムード、漂ってない? 下田は結構漂ってるよ。個人経営の小さな規模の宿も6月になってオープンし始めたけど、お客さんに来てほしいという思いと、来てもらうとそれはそれで難しい面もあるみたいで。地元の人たちの目が気になったり、チェックアウトしたあとの部屋をどこまで消毒したらいいのかとか……。すごく苦労してる。

三村: 小豆島はそこまで切実さが漂ってる感じはしないけど、いままでと違うやり方にしていかないとね。島の中にはいろいろな飲食店があるけど、島の中の人と、外から来る人のお客さんの割合って店によって全然違うし、でも外からのお客さんはやっぱり多いから。瀬戸内国際芸術祭の影響で台湾からのお客さんもすごく多かったし。高松に直行便があるからそこから直島や豊島にアートの旅に行ったりね。

來嶋: コロナ禍前に、美流渡のゲストハウスに泊まったオランダ人の、次の行き先が直島だったんです。美流渡から直島って、そういう感覚なんだーって、おもしろいなと思いました。

岩見沢市の山間地、美流渡に移住した來嶋路子さんは編集者。東京の仕事をしながら、〈森の出版社ミチクル〉として自分の出版活動も。

岩見沢市の山間地、美流渡地区に移住した來嶋路子さんは編集者。東京の仕事をしながら、〈森の出版社ミチクル〉として自分の出版活動も。

緊急事態宣言下、地域の中で感じたこと

徹花: 自営業の人にしても、民宿にしてもカフェにしても、本当に難しい選択をひとつずつ迫られてると思う。地方って東京と違って、隣の人が誰だかわかるし何をしてるかも知ってるし、自分たちの行動も周りは知ってるわけでしょう。そのなかで難しい選択を迫られてるよね。

三村: うちもカフェをどう再開するかずっと悩んでて。結局、開けたところでお客さんは少ないから、経済的にはもうからない。でも近所のお母さんと話してて、「あんたのとこくらいしか行くとこないんやわ」と言われると……。やっぱり続けるのは大事だなと思ったり、悩んでます。

緊急事態宣言が解除されてもまだお休み中の〈HOMEMAKERS〉のカフェ。(撮影:三村ひかり)

緊急事態宣言が解除されてもまだお休み中の〈HOMEMAKERS〉のカフェ。(撮影:三村ひかり)

徹花: そうだよね。あと言葉や振る舞い方に気をつけないとって思うよね。それぞれ置かれた立場が違い、それぞれが苦しい立場にあるから。

三村: たぶん、東京で感じるコロナの恐怖と、地方で感じるいまの状況は、全然違うんじゃないかな。小豆島では、感染者が誰も出てないし、恐怖は一時期はあったけど、あまりにも平和で。それでもマスクをつけるのは、どっちかというと地域の人の目を気にしてというか、マナーというか。

來嶋: 私が感染してはならない、というプレッシャーがあります。美流渡にコロナを持ち込んではいけないと。緊急事態宣言下で、2度札幌に取材に行かなきゃいけないことがあったんですが、両方とも私は編集の立場だったので行かないことにして、札幌のライターさんとカメラマンさんにお願いしました。うちには家に子どもが3人もいるし、自分が感染したら面倒を見る人もいないのでと辞退しました。

月に1度は東京に出かけ、まとめて打ち合わせや取材などをして、遠隔で本の編集の仕事をしていた來嶋さん。コロナ禍でオンラインが急速に整備されたので、東京へ行かなくても仕事が進むようになった。(撮影:津留崎徹花)

月に1度は東京に出かけ、まとめて打ち合わせや取材などをして、遠隔で本の編集の仕事をしていた來嶋さん。コロナ禍でオンラインが急速に整備されたので、東京へ行かなくても仕事が進むようになった。(撮影:津留崎徹花)

徹花: 私も3月、コロナが広がり始めた頃に東京で2回撮影が入っていて。いつもだったら電車で行ってビジネスホテルに泊まるけど、海老名のPAで車中泊して、そのまま撮影して帰る、というのを2回やりました。それもやっぱり、下田で自分が最初の感染者になったら、私、下田にいられないんじゃないかという思いもあったな。地元の親しい人にも言われたんです、「東京行き来してるでしょ、移住者でしょ、感染者になったらやばいよ」って(笑)。

來嶋: 直接言ってくれるんだ。あと車のナンバーで困ったことがあったんでしょう?

徹花: あれはすごく迷いがあったんだけど。もう下田に住んで4年だけど、車が都内のナンバーなんですよ。で、いままで撮影で普通に入らせてもらってた海岸とかでも止められるので、いえ下田に住んでますって。それでナンバーの横に「下田在住です」って書いて貼ったんです。

でもそのあと悲しくなってきちゃって。家族も友人も東京に住んでるのに、自分が東京の人たちを排除しているような気がして。いまは結局外して、堂々としてますが。難しいな。

三村: やっぱり田舎だと、悲しいことだけど、東京や大阪の人に対する警戒心みたいなのはあるよね。私たちだってそのリスクはあるのに、東京の人と会った人はちょっと……とか。あの人東京行って帰って来たんだろう、とか情報がすぐ回って、そういうのは怖いです。

徹花: 下田で感染者が出たときに、どこの誰だとか必要以上に詮索したりする人もいて、噂もたくさん流れたり。でもあるときに、行動力と発信力のある方が、「無意味な詮索や中傷はやめよう、感染者に寄り添ってみんなで手を取り合おうよ」ってSNSで発信して、それに賛同する人たちの波ができたり。小さいまちだから、そういうひとりの方の存在とか、ひとつの発信がとても意味があるようにも感じます。

移住先探しの旅を経て伊豆下田に移住した津留崎徹花さん。フォトグラファーとして、東京と下田を行ったり来たり。

移住先探しの旅を経て伊豆下田に移住した津留崎徹花さん。フォトグラファーとして、東京と下田を行ったり来たり。

コロナ禍で働き方は変わった?

徹花: 來嶋さん、月に1度くらいはいつも東京に出てお仕事してたけど、今回は?

來嶋: 予定は入っていたんですけど、キャンセルしました。毎月重要な会議があって、これまでは予定が合わないときは仕方なくオンライン参加していました。私だけがオンラインで、みんなは会議室に集まってというような状態。

それが、今回のことで全員Zoom参加になって、驚きましたね。地方にいようがどこにいようが、みんながフラットになって。東京に出向いて直接打ち合わせできない罪悪感から解放されて、仕事がやりやすくなりました。

徹花: 友だちも、無駄な会議がなくなるって言ってたけど、行かなくて済むというのがわかって慣れてくると、今後、楽に働けるというのもあるよね。

來嶋: でも徹花さんは現場に行かないといけない。なかなか大変ですよね。

徹花: ただ運がいいのか悪いのか、コロナが始まったときは下田の仕事は入ってたけど、東京の仕事は入ってなくて、行く予定はなかったから、ある意味よかった。これが東京に行かなきゃいけない仕事が入ってたら、私どうしただろう。家族に高齢者もいるので、すごく悩んだかも。

三村: 今回コロナで、徹花さんひまだったって言ってたけど、うちもカフェを休みにして時間的に余裕ができたんです。いままでは金・土曜にカフェをやって、実質休みは日曜日だけ。その日曜日も間に合わなかったこととか、溜まっていたことをやると、ゆっくり休めることがあまりなくて。でもいまはカフェをお休みにしたから、仕込みもないのですごく楽。畑に集中できる。週2日休めるって、こんなに楽なんだって。

いつもより自由な時間が増えたことで、今年はゆっくり梅仕事ができたという三村さん。(撮影:三村ひかり)

いつもより自由な時間が増えたことで、今年はゆっくり梅仕事ができたという三村さん。(撮影:三村ひかり)

來嶋: それわかるー。ゆっくり働くの大賛成。

三村: なんでこんなにがむしゃらに働いてたんだろうと思って。そうしたら友人たちもまったく同じことを言ってて。うちは畑を手伝ってくれる人もいるから、できるだけ休みにしたくないし、いくらかはお金は出ていくけど。ただ家賃はないし、インフラ費は東京に比べたら安くて済むし、これからはがむしゃらにお金を稼ぐよりも、出ていくお金を減らして、なるべくいい時間を持てるといいなと思って。

小豆島で農業をしながら週末だけカフェを営む〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさん。野菜を出荷するほか、加工品の製造も。

小豆島で農業をしながら週末だけカフェを営む〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさん。野菜を出荷するほか、加工品の製造も。

來嶋: わかります。6月になったら急に仕事が動き出して、気持ちが辛くなってしまった(笑)。ちょっと時間があるときは庭や畑をやったり。そうしながら原稿を書いたりしていて、だいぶいい気持ちになってたのに。6月になったら何ごともなかったかのように仕事が動き始めてショック。

三村: 徹花さんも娘さんの部屋つくったりしてたでしょ。うちも中学生になったから、娘の部屋をつくったり。休みじゃなきゃ絶対できなかったと思う。みんな、もう少しこの余裕をもちながら働けたらいいですよね。

自宅の一室を娘の部屋にするためDIYリフォームした津留崎家。(撮影:津留崎鎮生)

自宅の一室を娘の部屋にするためDIYリフォームした津留崎家。(撮影:津留崎鎮生)

後編は家庭でのことや今後について語ります。

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Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。