【滋賀県】平井俊旭さん(雨上(あめあがる)株式會社) いいものをつくっているという市民の自信が、 高島市のブランドをつくる|PEOPLE

【滋賀県】平井俊旭さん(雨上(あめあがる)株式會社) いいものをつくっているという市民の自信が、 高島市のブランドをつくる|PEOPLE

地方にはディレクターが不足している

琵琶湖の北西に位置する、滋賀県高島市をご存じだろうか。市が行った調査によると、822名の回答のうち、東京での認知度はわずか5%余り。隣の京都でさえ、6割ほどの人しか知らなかった。この数字は少々極端かもしれないが、土地の魅力に反して認知度が低いのは否めない。そこで外の人にもその魅力を知ってもらおうと、ひとりの男性が立ち上がった。といってもその人自身は、もともと高島に縁もゆかりもなかったのだが。

比良山地や野坂山地など、森林が広がる自然豊かなまち。棚田も美しい。撮影:三上紀顕

琵琶湖のなかに大鳥居が立つ高島市鵜川の白鬚神社は、近江最古の神社と言われている。今も昔も琵琶湖は高島に多大な恩恵をもたらしている。写真提供:平井さん

平井俊旭さんが、スープ専門店チェーン〈Soup Stock Tokyo〉を運営する株式会社〈スマイルズ〉に、デザイナーとして加わったのは2001年のこと。ブランドのグラフィックや店舗テザイン、食器類のプロダクトなどに携わっていたが、2008年、同ブランドが事故米の不正転売事件に巻き込まれてしまう。

「とある問屋が食用ではないもち米を食用と偽って、Soup Stock Tokyoがスープの製造委託をしている工場などに転売していたのです。原料がどこから来ているのか、会社としてきちんと追うことの重要性を痛感しました」

同じ頃、店舗の内装などに使う木材も海外から違法に流入しているものが含まれている可能性を知り、国産の木材を積極的に使うように。食材と木材、このふたつに着目して北海道から沖縄までいろんな地域を見て回ると、ある共通点が浮かび上がってきた。それはディレクションをする人が不足しているという事実だった。

「いろんな魅力があるのに、それらをうまく表に出すことのできていない地域が、圧倒的に多い印象を受けました。スマイルズの場合、社長の遠山正道がSoup Stock Tokyoを企画する段階でブランドイメージを明確にしていたので、自分のようなデザイナーがインハウスでやっていました。地方も理屈は同じはずなのですが、それ自体が何らかの利益を生まない仕事は、なかなか価値が認められにくい。だけど誰にどうやって売るのかを考えないと、仕事も生まれないし、人も地域に入ってこない。都市に集中せず、人がもっと分散して、それぞれの地域のよさを生かせたらいいのにと思ったんです」

地域が抱える問題を感じ始めたとき、たまたま高島市にも縁ができた。「国産の木材を使うようになったのは、三重県紀北町の〈速水林業〉との出会いがきっかけです。速水 亨代表が主宰している林業塾に毎年参加させていただくようになり、岡山県の〈西粟倉・森の学校〉(当時)の代表である牧大介さんと知り合いました。牧さんは高島で林業6次産業化のコンサルティングをしていた時期があったのですが、彼がやるくらいならおもしろい場所に違いないと。自分がもし地域で何かやるなら、都市にある程度近いところがいいと思っていました。おもしろそうだからちょっと行ってみようかな、と都市から気軽に足を運べる範囲がよかったというか。その点、高島は京都から車で1時間足らずでアクセスできる。しかも立地的なメリットがあるわりには、よさを発信しきれていない印象を受けたんです」

長く勤めた会社での立ち位置や、自分がやれることについても、客観的に考えていた。「自分が入った創業間もない頃、Soup Stock Tokyoは事業として行き詰まっていて、いつなくなってもおかしくないような状況でしたが、逆にいろんな可能性を感じられて、商売としては厳しかったのですが、新しいブランドをつくるという仕事として実は一番おもしろかったりもしました。地域が置かれている状況もそれに近くて、もしかしたらこのまま人口が減少して立ち行かなくなってしまうかもしれないけども、誰かが動かなければいけない。自分が民間企業でやってきた経験を地域で生かしてみたい、と思ったんですよね」

2014年のゴールデンウィークに日帰りで初めて高島を訪れ、7月に再訪したときは1泊して、周辺の地域も見て回った。そのうえで問題点を洗い出し、「別に求められてもいないのに、牧さんに高島市の職員だった清水安治さんをご紹介いただきに勝手に企画を提案した」のが、10月のこと。

「12月には〈雨上(あめあがる)株式會社〉を登記し、年が明けて4月に高島に引っ越してきました。提案はしたものの具体的な仕事は、何ひとつ決まっていなかったんですけどね」

オフィスにて。平井俊旭さん。

暮らしている地域を自慢できるようになるために

移住後、コンペを経て平井さんに課せられたミッションは、主にふたつ。高島の交流人口と定住人口を増やすことと、高島の農業を活性化させることだ。

「高島をもっと知ってもらうために、まずは市民の人が高島を自慢できるようになることが重要だと考えました」

平井さんがお手本にしたのは、博報堂の「属ブランディング」という考え方。「ブランドはそれをつくりたいと思う人の志が先にあって、そこにデザインや仕組みができて、ファンがついてくるものです。Soup Stock Tokyoをつくっていくなかで経験があったからわかるのですが、窮地に陥ったとき、自分たちはいいものをつくっているのだという揺るぎない信念がないと、途端にうまくいかなくなるんですよね。人から言われたからやっているというスタンスだと、やめる選択肢があっさり出てきてしまう。ブランドは一朝一夕でできるものではないので、市民が本当に高島をいいと思ってブランド化しない限り、自分みたいに外から来た人間がロゴや仕組みだけをつくったところで、うまく機能しないと思うんです」

そして市民が自分たちの地域を知ることを目的に、平井さんが立ち上げたのが「高島の食と人 –3つの◯◯−」というウェブサイト。ここでは高島で食材がつくられて食べられるまでの一連の流れを、3章立てのストーリーで紹介している。2016年1月から秋冬編と春夏編として計36話を掲載して、3月に一旦終了するのだが、ずらりと並んだストーリーからは、高島の多彩な食材と、それらをさまざまなかたちで提供したり、味わったりする人たちの豊かさが伝わってくる。

「高島の食と人 –3つの◯◯−」

山羊のチーズの商品化を目指す中嶋さんの紹介記事。撮影:古田絵莉子

「テーマは僕が選んでいるのですが、カメラマンもライターも地元の人たちにやっていただいています。そうすると取材した側もされた側も、自分ごととしてとらえてくれるんですよね。地元の人は地元のことを意外と知らなくて、外から来た自分が人や情報をジョイントさせることで、直接やり取りをするようになったケースもあります」

自らのテリトリーをガイドする、新しいツアーのかたち

おもしろい活動をしている人が1か所に集まっているのではなく、いろんなエリアに散らばっていて、しかも地元出身者と移住組のバランスも比較的いいところが、高島の魅力だと平井さんは考えている。こうした“人の利”を生かしたのが、〈サトパス〉という体験型ツアーだ。

市民がそれぞれの職業の専門性を生かしてガイドとなり、参加者に体験型のツアーを楽しんでもらうプロジェクト。2016年11月5日に3つのツアーが同時開催された。ガイドになったのは、それぞれ家業として製材業と運送業、そして農業を営む3人。製材業者である岡本顕典さんのツアーでは、森で栃の巨木を見たり、自身の製材所を案内しながら、高島における林業の歴史と、人と木の関わりを感じてもらった。運送会社の西川将平さんは、配送等でいつもやり取りをしている柿農家の柿畑をガイドして、柿の食べ比べを行った。有機米の農家の釆野 哲さんは、一見何の変哲もない水門をツアーのスタート地点に設定し、稲作をするうえでここがいかに大事な場所なのかを解説。ランチには異なる品種の新米の食べ比べを行った。

「専門性を生かしてガイドをすることで、高島の魅力を発信できるだけでなく、ガイドを務める方の事業の顧客の創造につながるなど、参加する人とガイドをする人の両方がプラスになるツアーを仕組み化するのが、サトパスのひとつの目的です。2017年度にある程度の仕組みをつくり、ガイドの方にも日本山岳ガイド協会の自然ガイドの資格取得も目指していただきたいと思っています」

伝統の知恵と技術を現代の食卓に応用する

もっと広く知られるべき高島の魅力として、もうひとつ注目したのが発酵文化だ。冬は雪に閉ざされるため冬の食料の確保の手段として、発酵食文化が根付いており、鮒ずしや鯖のへしこなどが伝統的につくられてきた。しかしながら従来の発酵食品は伝統食として据え置かれてしまい、現代の食生活とは距離のあるものになってしまっている。

そこで平井さんは、発酵の知恵や技術を現代の食卓に乗る身近な料理に活用した、〈ヒビノハッコウ〉というブランド開発を提案。

「ヒビノハッコウの基準は、1、発酵食の技術が活用されていること。2、高島産の農産品が使われているか、高島で加工されているか、もしくはその両方であること。3、現代の日常的な食卓に乗るためのこれまでにない提案があること。第1弾として、日本3大和牛のひとつ〈近江牛〉や、地元で育った豚肉、鶏肉の塩甘酒漬けを商品化しました。甘酒に含まれる麹の酵素はタンパク質を分解して、うま味成分であるアミノ酸に変えるので、甘さや深みが出るんです。熟成肉と理屈は同じですね」

ヒビノハッコウは〈日本橋タカシマヤ〉で2017年3月に行われた催事〈大近江展〉でデビューしたばかり。実を言うと百貨店の髙島屋は、ここ高島にルーツがあり、このご縁をうまく生かしたいという思いも。「ヒビノハッコウの商品は今後は購買層に応じた開発を行い、いずれは高島屋さんだけでなく、市内でも買えるようにしたいですね」

雨粒のように人やものを循環させる

〈高島の食と人〉〈サトパス〉〈ヒビノハッコウ〉など、移住してわずか2年でかなりの成果のように思えるが、「問題を挙げだしたらキリがない」と平井さんは笑う。しかし問題や課題について話す様子もどこか楽しげだ。

「美大を出てから、〈スーパーポテト〉というインテリアデザインの設計事務所で働いて、その後スマイルズに転職して今があるのですが、ルールのない環境ばかりで、イレギュラーなことだらけだったんですよね。高島の地域ブランディングは2歩進んで3、4歩下がっているようなときもありますが、それでも少しずつは前に進んでいるはずです。いずれにしても結果が出ないまま終えることはしたくないですし、次につながるかたちでバトンを渡したいと思っています。だからこそ、こうして移住してまでやっているので」

最後に、雨上(あめあがる)株式會社という会社名に込めた思いを尋ねたところ、そこには平井さん独特の哲学があった。

「僕のなかで人間が生きている期間っていうのは、雨の粒みたいなイメージなんです。たまたま自分は今、人間という肉体を持っているけど、死んだら土に還って肉体に宿っていたエネルギーも戻るのではないかと。それを勝手に“雨理論”と呼んでいるんですけど、雨は雲から離れた瞬間に粒となり、地面に落ちるまで個として存在して、やがて個の存在を失い全体に還る。生きている期間だけが粒であって、循環して次の世代につなぐことこそが人の生きている意味なんじゃないかと思っていたので、自分が会社をやるのであれば、そういうプリミティブなことを理念にしたかったんですよね」

雨が循環するように、人やもの、都市や地方の本来あるべき循環を取り戻す。平井さんがかたちにしようとしているのは、ある意味とてもシンプルなことなのかもしれない。

profile

平井俊旭さん

武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業。インテリアデザイン設計事務所「スーパーポテト」に勤務後、創業当時のSoup Stock Tokyoを運営する「スマイルズ」に入社し14年間デザインディレクターを務める。2014年12月に「雨上(あめあがる)株式會社」を設立。2015年7月より、滋賀県高島市で地域ブランディングディレクターを務める。

information

高島の食と人

http://takashimashi.com/ロゴデザイン:京都造形大学 水迫涼太

information

サトパス 

http://satopath.comロゴデザイン:京都造形大学 水迫涼太

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

credit

撮影:川瀬一絵(ゆかい)映像制作:京都造形大学 谷口篤史

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